「それは……辛かったね」
荒熊さんは労わるようにそう言ってくれたが、志希は首を横に振った。
「あの時のお母さんは、お父さんを亡くして心がボロボロでした。一人にしてほしいと思うのだって、当然だったと思います。子供だったとはいえ、私にデリカシーがなかったんです」
そう。悪いのは、母の心情を思いやることができなかった自分だ。
それはわかっている。でも……。
「でも、お母さんに拒絶されたという事実だけは、頭に残って……。あの時のお母さんの顔と言葉が頭から離れなくなってしまって……。私は、お父さんだけでなくお母さんまでいなくなってしまうのでは、と考えてしまったのです」
母の泣く姿を見ていたら、幼心にも父はもう戻ってこないということはわかった。
そして、このまま母までいなくなってしまったら――。そう考えると、体の震えが止まらなくなった。怖くて悲しくて、泣き叫びたい衝動に駆られた。
「だから私は、その日からお母さんに一つの嘘をつき始めました。お母さんに捨てられたくなくて、お母さんを困らせない“いい子”の自分を演じ始めたんです」
父が亡くなるまでの志希は、どちらかといえばやんちゃな子供だった。あまり女の子らしくなく、男の子たちに交じって泥だらけになって遊ぶような性格だった。
服は汚すし、片付けもしない。本当に、どうしようもないダメな子だった。
けれど、それではいけないと思ったのだ。そんな“悪い子”では、母にまたあの空洞のような目を向けられてしまうと――。
だからやんちゃだった性格を直し、お行儀よくすることを覚えた。少しでも“いい子”に見えるように、保育園の先生に丁寧な言葉遣いを教えてもらった。母が褒めてくれるように、進んでお手伝いをするようになった。さらに母の負担を減らそうと、自分が家事を担当するようになっていった。
全部全部、母に捨てられたくない一心だった。
荒熊さんは労わるようにそう言ってくれたが、志希は首を横に振った。
「あの時のお母さんは、お父さんを亡くして心がボロボロでした。一人にしてほしいと思うのだって、当然だったと思います。子供だったとはいえ、私にデリカシーがなかったんです」
そう。悪いのは、母の心情を思いやることができなかった自分だ。
それはわかっている。でも……。
「でも、お母さんに拒絶されたという事実だけは、頭に残って……。あの時のお母さんの顔と言葉が頭から離れなくなってしまって……。私は、お父さんだけでなくお母さんまでいなくなってしまうのでは、と考えてしまったのです」
母の泣く姿を見ていたら、幼心にも父はもう戻ってこないということはわかった。
そして、このまま母までいなくなってしまったら――。そう考えると、体の震えが止まらなくなった。怖くて悲しくて、泣き叫びたい衝動に駆られた。
「だから私は、その日からお母さんに一つの嘘をつき始めました。お母さんに捨てられたくなくて、お母さんを困らせない“いい子”の自分を演じ始めたんです」
父が亡くなるまでの志希は、どちらかといえばやんちゃな子供だった。あまり女の子らしくなく、男の子たちに交じって泥だらけになって遊ぶような性格だった。
服は汚すし、片付けもしない。本当に、どうしようもないダメな子だった。
けれど、それではいけないと思ったのだ。そんな“悪い子”では、母にまたあの空洞のような目を向けられてしまうと――。
だからやんちゃだった性格を直し、お行儀よくすることを覚えた。少しでも“いい子”に見えるように、保育園の先生に丁寧な言葉遣いを教えてもらった。母が褒めてくれるように、進んでお手伝いをするようになった。さらに母の負担を減らそうと、自分が家事を担当するようになっていった。
全部全部、母に捨てられたくない一心だった。