満男が志希の祖父と名乗ってから、数時間後。閉店したあらいぐまで、志希と荒熊さんはカウンター越しに祖父と向かい合っていた。

 あの後、祖父は『お店の迷惑になりますので、後程また来ます』と告げて店から出ていき、閉店時間を見計らってこうして戻ってきたのだ。

「どうぞ、ブレンドコーヒーです」

「どうも」

 荒熊さんがブレンドコーヒーを出すと、祖父はブラックのまま口を付けた。

「うん、うまい。とてもいい腕をしていらっしゃる」

「お褒めに預かり、光栄です」

 コーヒーの味を褒める祖父に、荒熊さんは一礼して応えた。
 会話内容は穏やかだが、相手が志希の祖父ということもあり、店内は得も言われぬ緊張感に満ちていた。

「それで私に話とは、一体何でしょうか」

 緊張感に耐え切れなくなったように、志希が真っ先に本題を切り出す。
 すると、祖父はコーヒーカップをソーサーに置き、まっすぐに志希を見た。

「その前に、まずは謝罪を。知らなかったとはいえ、愛希さんが亡くなられた時に何の力にもなってあげられず、本当に申し訳なかった」

「あ、いえ、そんな……。お気になさらないでください」

 きっちりと頭を下げる祖父に、志希はしどろもどろになりながら応じる。同時に、母のことを持ち出されて胸がチリっと痛んだ。
 そんな志希の前で、祖父は手持ちのカバンから一通の封筒を取り出した。

「そして本題なのだが……実は先日、愛希さんから私と家内宛に遺言書が届いた。どうやら、自分にもしものことがあったら私に出してほしい、と友人に頼んであったようだ」

「お母さんが……」

 驚き顔のまま、志希は祖父が差し出した手紙を手に取る。宛名の字は、確かに母のものだった。