三月二日。時折吹き抜ける冷たい風に体を震わせつつも、日差しの温かさに確かな春の息吹を感じる今日この頃――。


「……どうしましょう」


 住宅街のど真ん中で、近くの高校の制服を着た少女が顔を青ざめさせて立ち尽くしていた。

 彼女の名前は、小日向(こひなた)志希(しき)。高校を昨日卒業したばかりの十八歳。父親を幼い頃に病気で亡くし、母親も半年前に交通事故で亡くなったため、家族はいない。いわゆる天涯孤独というやつだ。そして現在――無職で家もなし。


「どうしましょう……」


 青く晴れた空に向かって、志希は呆けたように同じ言葉を繰り返す。

 もはや、それ以外に出てくる言葉もない。そして、繰り返されたその言葉も、昼下がりの住宅街に虚しく消えていった。

 もっとも、志希が途方に暮れるのも無理からぬことだ。なぜなら彼女は、就職の内定、自宅、さらには家財道具一式に至るまで、そのすべてをほとんど一遍に失ってしまったのだから……。

 どうして彼女が、真昼の住宅街で顔を青ざめさせるに至ったか。事の始まりは、およそ一日前に遡る――。