県境の峠道を三台のバイクが駆け抜ける。煥《あきら》が後ろに鈴蘭を乗せて走って、フォーメーションを組むみたいにピッタリと文徳《ふみのり》が煥のバイクを追って、おれは文徳のバイクにタンデムして、最後尾が姉貴だ。
 伊呂波兄弟が住むマンションに戻って、ライダースーツに着替えた兄弟のバイクに四人で分乗して、レンタルバイク屋に開店アタックをかけた姉貴と合流して、県境の高原地帯にある平井家の屋敷に向かっているところだ。
 バイク三台を先導する海牙は、ローラースケートで突っ走る。バイク並みの速度が出ている。バイザーを掛けて目を保護してるほかは、完全に生身。さすがに異様すぎる光景で。
【車の皆さ~ん、こっち来んなよ! 絶対、この道、通んなよ!】
 おれはずっと、けっこうな大声で号令《コマンド》を飛ばしまくっている。それなりに交通量のある大都高校の近くを通るときなんかは、命じなきゃいけない対象が多いし範囲も広いしで、実はかなり疲れた。
 今もそう。疲れてる。
 指先が冷えて震えている。峠道をかっ飛ばすには四月じゃまだ寒すぎるってせいもあるけど、根本的にはチカラを使うペースが速すぎて消耗してるからだ。体にうまく力が入らなくなってきてて、ヒヤッとする瞬間がある。
 あとさ、知らなかったんだけど、バイクのニケツって案外怖いもんなんだな。後ろに乗るの、地味に怖い。
 おれ自身、バイクには乗れる。フランスにいるときも、五十ccのちっこいやつだけど、ちょくちょく町乗りしてた。
 いや、自分が乗るときの感覚があるから、逆に怖いのかもしれない。文徳の運転が下手って意味じゃなくて、おれの運転と呼吸が違うんだ。しかも、おれが乗ったことねぇサイズの大型バイク。
 そりゃ、おれもそこまで運動神経が悪いほうじゃないし、バイクに乗ることそのものに集中できれば、文徳の運転の呼吸にも合わせられる。
 だけど。
【車ー! 来んなっつってんの! 脇道から出てこようとしてるそこのきみ、ちょっと止まってて~!】
 おれが集中すべき仕事は、号令《コマンド》で交通整理することだ。
 もし今おれが気を抜いたら、海牙のチカラを見られて面倒なことになるだけじゃなく、高校生でバイク二人乗りしてるのを警察にパクられるだけでもなく、ノンストップでぶっ飛ばすのを前提に走ってるおれら全員、突然現れた車に対応できなくて危険な目に遭う。
 もういっそのこと、鈴蘭がやってるみたいに、ライダーの腰にしがみ付いたら楽だろうな。
 でも、仲がいいとはいえ文徳にくっつくのは絵的にアレだからビミョーに抵抗があったし、今さらこんなタイミングでギュッとやったら運転に支障が出るよなって思うし。
 そんなふうだったから、どこ走ってんのかを確認する余裕もなくて、まわりの風景なんか全然わからなかった。走り出す前に確認した地図から言って、大した長距離でも長時間でもなかったはずだ。
 いつの間にか、デカい屋敷の城壁みたいな塀が目の前にあった。巨大な門まで速度を緩めず突っ走っていって、おれたち初めてブレーキをかけた。
 広大な敷地を持つ豪邸だった。
 幾何学的で整然とした前庭は、ヨーロッパの宮殿のそれみたいな感じで、花壇と泉があって低木はこざっぱりと剪定されていて、全体的に視界が利く。奥まったところに建つ屋敷は、和モダンの質素なデザインで、天井の高い平屋造りだ。
 汗びっしょりの海牙が守衛に声を掛ける。正規の駐車場ではなく、すぐにも出立できるよう、バイクを門の近くに置きたい。そういう交渉をしていたら、並外れて大きな黒い犬が颯爽と近付いてきた。
 その黒い犬、ほんと颯爽とした感じで。あっ、こいつすげー賢いやつだなって、見てすぐ感じた。でも、犬種がわからない。ミックスでここまでデカくなるっけ?
 犬は、海牙と守衛に言った。
「バイクなら、ここに置いていってかまわねぇぞ。ちゃんと管理しておくから」
 しゃべった。
 ごく当たり前の顔をして、犬の姿で人間と同じように、しゃべった。大人の男の声だ。
「うそー? マジでー?」
 おれが思わず正直すぎるリアクションをしたら、海牙は、愕然として固まった一行を見渡して、肩をすくめた。
「この犬の人も異能使いなんです」
「人?」
「はい、人です」
「だよね。何か、中に人が入ってる感あるもんね」
「どちらの姿を取ることもできる、というチカラなんですよ。屋敷の警備の仕事をするときは、犬の姿でシフトに入ることも多いかな。普段は人間の姿で過ごしてますけど」
「海ちゃんにしてもそうだけどさ、総統のおっちゃんのとこには、変わった人が多い感じ?」
 犬のおにいさんは喉の奥のほうで笑った。
「この屋敷にいるのは、変わったやつばっかりだよ。チカラが使えるやつだったり、その血筋だったり」
「何で? そーいうの、許されんの? チカラが一ヶ所に集まってるのは危ういことだって感じちゃうんだけどさ、おれ」
 朱獣珠がおれの言葉に応じるように熱く鼓動した。
 おれは、自分の胸の高さにある犬の頭の、人間とは形の違う両目をじっと見下ろしながら、背筋や胃の底がザワザワと冷えていくのを感じた。そのザワザワが何かって、違和感だ。
 チカラへの恐怖が、こいつには……こいつらにはないのか?
 犬がおれをなだめるように、長いまつげがピョンピョン出てる目元を緩めた。
「言いたいことや訊きたいことがいろいろありそうな顔だな。だが、ここで油を売ってたって、大した答えは得られんぞ。早く総統のところへ行くといい。海牙、奥の間だ。ご一行を案内してやれ」
「奥の間ですか。あの場所がいちばん、結界がよく働くんでしたっけ?」
「ああ。地形の関係で、そこが龍気の通り道に当たるらしい。総統はついさっき着かれたんだが、ギリギリの状態というかなあ……あのかたも人間で、一人の父親なんだと実感したよ」