おれが路地に駆け込んだときにはもう、戦端は開かれていた。
 海牙と煥《あきら》が背中合わせの立ち位置で身構えている。そこにだけ外灯の光が落ちて、視界がいい。
「しつこいんですよ、彼ら。先日も丁重にお相手してあげたんですが、手加減しすぎましたね。もっと激しいのがお好きなようで」
「そんなにしょっちゅう、こんなのと戦ってるのか?」
「しょっちゅうなんて、まさか。今までは、カツアゲしに来る不良をいじめ返して遊ぶことはあっても、戦闘のプロとのケンカなんてしたこともありませんでした。今年に入ったあたりからですよ、彼らがぼくに目を付けたのは」
 海牙の足下には一人、暗色の服を着た男が引っ繰り返って伸びている。覆面のせいで、顔は見えない。
 うぞうぞと、暗がりが動いた。暗色スーツに覆面でおそろいの連中がわらわらいて、海牙と煥を取り囲んでいる。
【あんたら、何?】
 索敵レーダー代わりに、思念の声を飛ばす。放射状の発信と反射。キャッチした感じ、外灯の届かない暗い奥のほうにもまだひかえている。
【十六か七、だね。敵の数。見える範囲だけじゃないから気を付けて】
「どうやって調べてるんです?」
【レーダーみたいなもん】
「なるほど。参考にします、よッ!」
 言いながら、海牙は動き出している。
 跳躍。あまりに急激なアクションで、目がついていかない。凄まじく高い跳躍だ。
 覆面がビクリとこわばる。気配を察して見上げる。途端、顔面に海牙の蹴りが入った。そのまま、ひしゃげた顔面を足場にして海牙は体を旋回させる。鞭のようにしなう脚が、隣の覆面をとらえて薙《な》ぎ倒す。
 煥もまた、海牙と同時に動き出していた。
 低く滑るように覆面との距離を詰める。あっさりと、ゼロ距離。
 次の瞬間、覆面が吹っ飛ぶ。正拳突きの残心を一瞬だけ見せて、煥はまた低く跳ぶ。襲い掛かってくる別の覆面の脛《すね》を砕くローキック。膝を突いたところへ間髪入れず畳み掛ける踵《かかと》落とし。
 おれの背後に足音が駆け寄った。姉貴と文徳《ふみのり》と鈴蘭だ。おれは腕を広げて、三人を通せんぼする。
「ここから先はダメだよ。おれらが行ったって、足手まといになる」
 覆面がこっちを振り返る。顔は見えやしないけど、ニタリと笑う気配があった。
 卑劣なこと考えてんじゃねーよ。
 瞬間的に沸いた怒りを、おれは号令《コマンド》に叩き込む。
【こっち来んな!】
 今まさにこっちに踏み出そうとしていた覆面が、壁にぶつかったようにガツンと立ち止まる。混乱のまなざし。バランスを崩した体勢を立て直そうと、慌てて腕を振り回す。
 その背後に、海牙。
「がら空きですよ」
 海牙の細い手が触れたと思うと、覆面は屋根の高さまで跳ね飛んだ。別の覆面の頭上に落ちてくる。もつれ合って倒れる二人をまとめて、海牙はやすやすと蹴り飛ばす。
 ヒュッ、と音がした。
 煥が身をかわす。壁に当たって、細長いものが地面に落ちた。
「ボウガンか」
「暗視スコープを使って撃ってきましたね。赤外線の位置……あの暗がりに何人か、飛び道具を使う人がいるようです」
 煥の舌打ちと次の矢の飛来が同時。
 海牙が矢を払いのける。煥が一歩進み出て、手のひらを正面にかざす。
 白い光が差した。煥の手のひらから光が生まれて、そこに壁を作る。
 矢が群れになって飛んできた。が、矢はすべて白い光の壁に中って、ジュッと焼けて落ちる。
「ナメんなよ。オレの障壁《ガード》は銃弾でも防ぐ」
 おれは呼吸を整えた。重心を据える位置は、へその下。その深い一点にまで気息を通す。気息と一緒に全身のチカラを集めて、隈も淀みも濁りもないモノに精製して、まっすぐに放つ。
【武器を捨てろ! こっちへ向けて十歩、進んでこい!】
 覆面の連中のうち、無傷の九人に対する号令《コマンド》だ。
 ビリビリ痺れるくらいの抵抗。おとなしく従えよ、クソが。戦闘が仕事のやつらに武装解除を命じるのは、半端なく負担が重い。
 負けてたまるか。
【武器捨ててこっち来いっつってんだよッ!】
 がしゃん、どさっ。いくつかの、重量感のあるものを地面に投げる音。
 暗がりが揺れる。人影が見分けられる。
 思念の形を変えられるなら縄にして、あいつらをくくって力ずくで引きずり出してやりたい。
 のろのろしてんじゃねぇよ。
【来いッ!】
 おれの心臓も朱獣珠もひどく熱くて、鼓動が猛烈に走っている。頭も熱くてガンガン痛い。
 的外れな矢が飛んできた。
 おれは号令《コマンド》を重ねる。ボウガンを捨てる音がする。来い、と命じる。
 思念の声にチカラを込めれば込めるほど、指先から順に、体が冷たくなっていく。体力が奪われる。呼吸が乱れ始めている。
 煥が肩越しにおれを振り向いた。
「十分だ、理仁《りひと》。助かった」
 いつの間にか、白い光の障壁《ガード》はなくなっていた。
 海牙と煥がうなずき合う。二人同時に地面を蹴って飛び出す。
 舞うように、とでも言えばいいんだろうか。ケンカしてる様子を、舞いに例えるのもおかしな話かもしれないけど。
 でも、海牙も煥も身のこなしが美しくて、おれは見入ってしまった。
 海牙はしなやかだ。柔軟な体を器械体操みたいに旋回させて、勢いを乗せた攻撃で華麗に敵を打ち倒す。
 煥の動きは削ぎ落としたように無駄がなくて、いっそ武骨なほどだ。素っ気なく見える一撃一撃が鋭くて重い。
 三人、四人、五人。おれの号令《コマンド》を受けて全身をこわばらせた覆面たちが、あっという間に打ち倒されていく。
 六人、七人、八人。ヤベぇ、おれ、膝が笑ってる。おれもド派手に暴れてやれたら爽快なんだろうけど、全然無理だ。