瑠偉がまた口を開いた。
「黄帝珠の出所は、たぶん、文天堂家の蔵ん中だ。あの家、けっこう古くて由緒正しいらしい。昔は奇跡のチカラを操ってたとか何とか、伝説があるしな」
「それじゃあ、瑠偉、なぜ今さらになって、そのチカラが再び表に現れたんです?」
 疑問を発したぼく越しに、瑠偉は理仁くんを見据えて言った。
「襄陽の長江理事長が、この一年間、宝珠のことを調べまくってた。派手な動きだったおかげで、あっという間に足取りがつかめたよ。三月に長江理事長が文天堂家を訪ねてる。文天堂家に宝珠があるはずだから譲ってくれ、って」
 文天堂家は「宝珠はない」と答えた。「破壊された」という記録を持ち出して、長江理事長を納得させたらしい。その記録を撮影したデジタルデータを、瑠偉は入手済みだった。地元の地方大学のライブラリに、件の古文書の写しがあったんだ。
 筆書きで、漢字とカタカナの交じったものだ。紙の材質も古めかしい。何となく、戦前のものだろうかと感じた。
 四獣ノ預カリ手、ナラビニ吾ヲ責ム。
 黄帝珠、四ツニ割レ、沈黙セリ。
 朱い墨で、重要な箇所に傍点が打たれている。そこに書かれていたのは、四獣珠と黄帝珠、四人の預かり手と文天堂家当主の対立構造だった。
 入手した記録をひととおり読んできた瑠偉が、簡潔にまとめた。
「実際のところ、記録にあるのは破壊って表現じゃない。四つに割られたって書いてあるんだ。そして、紛失や消失とは書かれてない。で、実際、文天堂家のどこかに、割れた状態の黄帝珠があったんだろう。それを祥之助が見付け出して使い始めた」
 三月に祥之助が長江理事長の訪問を受けて黄帝珠の存在を把握し、発見した。そして、黄帝珠と意志を交わして、チカラを振るい始めた。とすれば、魂《コン》の抜けた動物の出現時期と一致する。
「瑠偉、その黄帝珠って何者なんです?」
「さあ? そこまでは調べられてねぇよ」
「四獣珠と黄帝珠が対立した理由も、書かれてない?」
「ないけど、一般的に考えて、黄帝珠の預かり手が悪いことしたせいじゃねぇの? 今、おれらがこうむってる迷惑と同じことを、昔の黄帝珠の預かり手もやらかした」
 宝珠の預かり手が冒し得る禁忌。過分な願いをかけたんだろうか。それとも、邪悪な願いを?
「しかし、この短時間でこの情報量、よく調べましたね」
 瑠偉は得意そうに、鼻をひくつかせた。
「ネットの住民は噂話が好きだからな。いい具合に話題をあおってやれば、情報は集まるよ」
 総統がおもしろがるように眉を掲げた。
「ほう、ネットでこれだけのことがわかるのか」
「わかるんですよ。掲示板であおるのと、SNSやネトゲで直接絡むのと。それぞれ、使ってる世代が違うんで、調べたい情報によって使い分けるのがコツですね。友達の友達の友達までたどれば、関係者本人か近親者に行き着けます」
「すごい時代だね」
「でも、ネットで個人情報の収集って、イヤな作業ですよ。ディスったりアジったりするたびに、自分がすり減る感じがする。ネットは、自分が楽しめる範囲でゲームするために使いたいもんです」
【ゴメン、瑠偉】
 とっさに洩れた言葉に、瑠偉がキョトンとした。気まずい。申し訳なく思っても、普段は言えずにいるから。
「えっと、いや……瑠偉には、苦労ばかり掛けていて。わかってるんですよ。その……甘えて、頼りきりで、ゴメン」
 うつむいたぼくに、瑠偉と反対側から手が伸びてきた。思わずビクリとする。理仁くんがぼくの頭を撫でた。
「姉貴も言ってたけど、海ちゃんって、いい子だね」
【いい子じゃない違うひねくれてるリアさんを助けられなかった無力だったリアさんリアさんぼくは無力だっ……】
「ああぁぁっ、もう、弱音とか! そんなの言っても仕方ない! 本題に戻しましょう。黄帝珠って何なんですか、総統?」
 頬に熱が集まっている。クールなふりが全然できない。こんな状態で格好をつけても、かえって滑稽だろう。
 総統は、ぼくの問いに対して、謎かけのような答えを出した。
「四獣珠は元来、物事に備わる四つの『特徴』を司っている。最もわかりやすいのは、方位だろう。東、南、西、北が、それぞれ青、朱、白、玄。さて、その四点が同一平面上に正方形を為している。対角線を引いてみたくならないかね?」
「その正方形の対角線の交点が、黄帝珠だということですか?」
「古来、『中華』という言葉があるだろう? 中華の色は、黄土の色、すなわち黄だ。四方の四色に囲まれた中央に、黄色が規定される」
 煥くんが眉間にしわを寄せた。
「何となくだけど、あの黄色は、白獣珠より強い気がした。真ん中だからとか、帝を名乗ってるからとかじゃない。妙な人間臭さが、あれにチカラを加えてる感じがした」
 総統が、ほう、と目を見張る。
「煥くんは鋭いね。どうしてそう思うのかな?」
「直感」
「なるほどね。きわめて正確な直感だ」
「あれが後からできたんだろう? 先に四獣珠があって、チカラの交点に、あれが生まれてしまった」
「そのとおりだ。中央は、流れから取り残されて淀みやすい。そんな性質がある。そしてもう一つ、方位のほかに、四対一の組み合わせを挙げよう。人間に備わる感情を表す四字熟語は、何だ?」
 質問に、さよ子さんが挙手して答えた。
「喜怒哀楽!」
「では、もう一つ、人間の中にある強い感情を挙げるとすれば?」
「恋!」
「さよ子、少し黙っていなさい」
「恋じゃないの?」
「残念ながら、そうキラキラしたものではないよ」
 理仁くんが答えを出した。
「怨《うら》み、でしょ?」
「正解だ、理仁くん。知っていたのかい?」
「いや、それこそ直感ってやつ」
 方位にも感情にも、四獣珠が司る色がそれぞれ与えられている。
 喜は青、東方や春を示す色。
 怒は白、西方や秋を示す色。
 哀は玄、北方や冬を示す色。
 楽は朱、南方や夏を示す色。
 そして、怨は黄色だ。人とチカラの集まりやすい中央に、濃く淀んでたまる感情。
 でも、ぼくには少しわからない。
「怒りや哀しみと、怨みの違いは何ですか?」
 人は何かを怨むことなく、怒ったり哀しんだりできるのか?
 瑠偉が素早くタブレットPCをいじった。辞書を引いたらしい。
「怒や哀と怨の違いは、外に出るか内にこもるか、だ」
「じゃあ、純粋な怒りや哀しみって、難しいな。ぼくはそんなに正直じゃない。内に閉じ込めて、怨みにしてしまいますね」
 瑠偉がニヤッとした。
「海牙、おまえ、すげぇ正直だぞ。素直じゃないところはあるけど、少なくとも、怨んだり祟《たた》ったり呪ったりするキャラじゃねぇよ。おれが保証する」
 さよ子さんが大いに賛同した。
「確かに! 海牙さんって、すぐ顔や態度や言葉に出ますよね。リアさんのこと好きなのも丸わか……」
「【意味のわからないことを言わないでください!】」
 思念と肉声で同時に叫んだ。
「海ちゃん、真っ赤。やっぱ、すっげー正直」
「からかわれることに慣れていないだけです」
 総統が噴き出して、笑いがみんなに伝染した。
 ああ、もう。最悪だ。ぼくまで笑ってしまいそうになっている。