海牙さんが飛び出していく。一合、二合。剣を交わして、はじき飛ばされる。その手からツルギがこぼれ落ちた。
小夜子がクスクスと笑った。
「いいことを思い付いた。先に四獣珠のほうを壊すの。預かり手はチカラを失う。あなたたち、本当に何もできなくなるわ」
小夜子がふわりと宙を滑る。玄獣珠のツルギのそばに降り立つ。
海牙さんはふらつきながら起き上がって、駆けた。低く跳んで、玄獣珠に手を伸ばす。
ツルギをつかんだ海牙さんの手を、小夜子が踏み付けた。
「チカラ、嫌っているんじゃないの? 玄獣珠はあなたのストレス源でしょう? いらないんじゃない?」
海牙さんは強がるように笑った。
「あなたに心配される筋合いはありませんよ」
「壊してあげるって言ってるのに」
「足をどけてもらえませんか」
小夜子は言葉を受け入れた。足を上げて、次の瞬間、海牙さんを蹴り飛ばした。小夜子は笑いながら、ふわりと跳び上がる。
「やっぱり両方ね。四獣珠も壊すし、預かり手も殺す。安心して。長い時間、苦しませたりはしないから。月が沈むまでのうちに片付けてあげる」
満月が沈むのは早朝五時ごろのはず。そのギリギリまで、もてあそぶつもり?
恐怖にとらわれそうになっている。預かり手の役割を果たせるとも思えない。青獣珠だっておびえている。奇跡の宝珠であっても、破壊の幻覚が怖いんだ。
海牙さんは立ち上がれない。長江先輩が海牙さんを背中にかばって、必死の表情でわたしを呼んだ。
「鈴蘭ちゃん、チカラ使って! 海ちゃんの傷を治してやってよ!」
わたしはうなずく。怖いけど、わたしにできることを放棄したくない。
青い光に念じる。海牙さんに触れて、呼吸のリズムを知って、痛みを吸い出す。
「…………ッ!」
経験したことのない激痛に、声も出ない。骨が焼け付くほどに痛む。傷めた関節がズキズキと拍動する。
長江先輩の熱波が小夜子の衝撃波を撃ち落とす。朱獣珠から漏れ出る炎で、空気が熱い。
相殺しきれなかった衝撃波が吹き抜けた。長江先輩がくぐもった悲鳴をこぼす。でも、ひざを屈しない。
「女の子とケンカなんてね~。姉貴に知られたら、殴られるわ」
長江先輩は冗談さえ口ずさんでみせた。
小夜子が小首をかしげて微笑んだ。ワンピースのすそが可憐になびいた。
「朱雀のその余裕、いつまで続くかしら?」
ほっそりとした腕が、不釣合いに長大なツルギを正面に突き出した。切っ先から光線がほとばしる。
単発の衝撃波じゃなくて、切れ目のない光線だ。
熱波が迎え撃つ。出力し続ける。じりじりと押される。
海牙さんが、まだ傷のふさがらない体を起こした。
「十分です。ありがとう」
わたしは息を吐き出した。痛みの残像で、めまいがする。チカラを使った全身から体温が奪われて、だるい。
長江先輩がうめいた。
「これヤバい。二人とも早く逃げて」
長江先輩の体が震えている。ずいぶん消耗していることに、今、気付いた。チカラを使い続けている。疲れていて当然だ。
「長江先輩……」
「遊ばれてるよ。パワーが違う」
わたしはツルギの柄を握りしめた。何かしないと。どうにかしないと。
海牙さんが長江先輩の腰をつかんで、わたしに目配せした。
「逃げますよ」
わたしはうなずいた。全速力で走る。
海牙さんは逆方向へ、長江先輩を小脇に抱えて跳ぶ。
わたしたちの背後をエネルギーが吹き抜けた。熱波を呑み込んだ光線がフェンスに穴を開けた。
小夜子がツルギを下ろした。怖くて不気味で狂気的な姿は、だけど美しかった。乱れても汚れてもいない長い黒髪と白い肌。口元には清楚な微笑みをたたえている。月の輝きがツルギに映り込んでいる。
次はどうなる? 誰が攻撃される? わたしは小さなツルギにすがって身構える。
そのときだった。
小夜子の動きが止まった。後ろから抱き止められている。笑顔が驚きに固まる。
銀色の髪が、黒髪に交じるように揺れた。
「どうして、煥《あきら》さん……」
煥先輩が、後ろから小夜子を抱きしめていた。金色の靄《もや》を腕と足に絡み付かせたままだ。
「趣味の悪ぃ遊びはやめろ」
ささやく声は、命を持つクリスタルの結晶。澄んで尖って貴い、魔法のような響き。
煥先輩は覆いかぶさるように小夜子を抱いて、小夜子の耳元に口を寄せるように、顔を伏せている。
甘いシーンなんかじゃないのに、わたしは立ち尽くして声を失った。
「煥さん、放してください。わたしは……」
「やめろ。わがままも狂ったふりも、いい加減にしろよ」
「放して」
「振りほどけばいいだろ。力、全然入ってねぇんだから」
低めた声は、苦痛をこらえるためだ。すがるような抱き方は、力が入らないから。煥先輩を拘束する金色の靄は拍動するように輝いて、煥先輩を磔《はりつけ》に連れ戻そうとする。
「煥さん、どうして動けるの? 術は解いていないのに」
「踏んだ場数が違うんだよ。銀髪の悪魔をナメんな。目の前のケンカ、黙って見てられるか」
「放してください。動いたら痛むはずです」
「痛ぇよ。手足がちぎれそうに痛い。でも、放すもんか。月が沈むまで、ずっとこうしててやる」
小夜子は煥先輩に危害を加えられない。だから、煥先輩が小夜子を抑えるのは正しい。戦術として正しい。
でも、わたしの胸は痛んだ。煥先輩が小夜子を抱きしめるなんて。
小夜子がクスクスと笑った。
「いいことを思い付いた。先に四獣珠のほうを壊すの。預かり手はチカラを失う。あなたたち、本当に何もできなくなるわ」
小夜子がふわりと宙を滑る。玄獣珠のツルギのそばに降り立つ。
海牙さんはふらつきながら起き上がって、駆けた。低く跳んで、玄獣珠に手を伸ばす。
ツルギをつかんだ海牙さんの手を、小夜子が踏み付けた。
「チカラ、嫌っているんじゃないの? 玄獣珠はあなたのストレス源でしょう? いらないんじゃない?」
海牙さんは強がるように笑った。
「あなたに心配される筋合いはありませんよ」
「壊してあげるって言ってるのに」
「足をどけてもらえませんか」
小夜子は言葉を受け入れた。足を上げて、次の瞬間、海牙さんを蹴り飛ばした。小夜子は笑いながら、ふわりと跳び上がる。
「やっぱり両方ね。四獣珠も壊すし、預かり手も殺す。安心して。長い時間、苦しませたりはしないから。月が沈むまでのうちに片付けてあげる」
満月が沈むのは早朝五時ごろのはず。そのギリギリまで、もてあそぶつもり?
恐怖にとらわれそうになっている。預かり手の役割を果たせるとも思えない。青獣珠だっておびえている。奇跡の宝珠であっても、破壊の幻覚が怖いんだ。
海牙さんは立ち上がれない。長江先輩が海牙さんを背中にかばって、必死の表情でわたしを呼んだ。
「鈴蘭ちゃん、チカラ使って! 海ちゃんの傷を治してやってよ!」
わたしはうなずく。怖いけど、わたしにできることを放棄したくない。
青い光に念じる。海牙さんに触れて、呼吸のリズムを知って、痛みを吸い出す。
「…………ッ!」
経験したことのない激痛に、声も出ない。骨が焼け付くほどに痛む。傷めた関節がズキズキと拍動する。
長江先輩の熱波が小夜子の衝撃波を撃ち落とす。朱獣珠から漏れ出る炎で、空気が熱い。
相殺しきれなかった衝撃波が吹き抜けた。長江先輩がくぐもった悲鳴をこぼす。でも、ひざを屈しない。
「女の子とケンカなんてね~。姉貴に知られたら、殴られるわ」
長江先輩は冗談さえ口ずさんでみせた。
小夜子が小首をかしげて微笑んだ。ワンピースのすそが可憐になびいた。
「朱雀のその余裕、いつまで続くかしら?」
ほっそりとした腕が、不釣合いに長大なツルギを正面に突き出した。切っ先から光線がほとばしる。
単発の衝撃波じゃなくて、切れ目のない光線だ。
熱波が迎え撃つ。出力し続ける。じりじりと押される。
海牙さんが、まだ傷のふさがらない体を起こした。
「十分です。ありがとう」
わたしは息を吐き出した。痛みの残像で、めまいがする。チカラを使った全身から体温が奪われて、だるい。
長江先輩がうめいた。
「これヤバい。二人とも早く逃げて」
長江先輩の体が震えている。ずいぶん消耗していることに、今、気付いた。チカラを使い続けている。疲れていて当然だ。
「長江先輩……」
「遊ばれてるよ。パワーが違う」
わたしはツルギの柄を握りしめた。何かしないと。どうにかしないと。
海牙さんが長江先輩の腰をつかんで、わたしに目配せした。
「逃げますよ」
わたしはうなずいた。全速力で走る。
海牙さんは逆方向へ、長江先輩を小脇に抱えて跳ぶ。
わたしたちの背後をエネルギーが吹き抜けた。熱波を呑み込んだ光線がフェンスに穴を開けた。
小夜子がツルギを下ろした。怖くて不気味で狂気的な姿は、だけど美しかった。乱れても汚れてもいない長い黒髪と白い肌。口元には清楚な微笑みをたたえている。月の輝きがツルギに映り込んでいる。
次はどうなる? 誰が攻撃される? わたしは小さなツルギにすがって身構える。
そのときだった。
小夜子の動きが止まった。後ろから抱き止められている。笑顔が驚きに固まる。
銀色の髪が、黒髪に交じるように揺れた。
「どうして、煥《あきら》さん……」
煥先輩が、後ろから小夜子を抱きしめていた。金色の靄《もや》を腕と足に絡み付かせたままだ。
「趣味の悪ぃ遊びはやめろ」
ささやく声は、命を持つクリスタルの結晶。澄んで尖って貴い、魔法のような響き。
煥先輩は覆いかぶさるように小夜子を抱いて、小夜子の耳元に口を寄せるように、顔を伏せている。
甘いシーンなんかじゃないのに、わたしは立ち尽くして声を失った。
「煥さん、放してください。わたしは……」
「やめろ。わがままも狂ったふりも、いい加減にしろよ」
「放して」
「振りほどけばいいだろ。力、全然入ってねぇんだから」
低めた声は、苦痛をこらえるためだ。すがるような抱き方は、力が入らないから。煥先輩を拘束する金色の靄は拍動するように輝いて、煥先輩を磔《はりつけ》に連れ戻そうとする。
「煥さん、どうして動けるの? 術は解いていないのに」
「踏んだ場数が違うんだよ。銀髪の悪魔をナメんな。目の前のケンカ、黙って見てられるか」
「放してください。動いたら痛むはずです」
「痛ぇよ。手足がちぎれそうに痛い。でも、放すもんか。月が沈むまで、ずっとこうしててやる」
小夜子は煥先輩に危害を加えられない。だから、煥先輩が小夜子を抑えるのは正しい。戦術として正しい。
でも、わたしの胸は痛んだ。煥先輩が小夜子を抱きしめるなんて。