夕暮れどきを川沿いで過ごすのが好きだ。五月に入って、気候も温かくなった。
 柔らかい草の上に引っくり返る。空は半分、オレンジ色。東のほうは冷めた色をしてて、白い半欠けの月が引っ掛かってる。
「上弦の月、waxing moonか」
 オレは、つぶやいてみる。体の内側と右耳から、自分の声が聞こえた。左耳はイヤフォンを着けてる。イヤフォンが流す轟音には、まだ詞がない。そろそろ詞をつけなきゃいけないんだが。
「こんなんじゃ陳腐、だよな」
 思い付かない。オレの日常はひどく乾いてて、刺激がないわけじゃないけど、下らない。
 隣町との境目には大きな川が流れてる。川沿いは、芝生敷きの広場だ。平日の昼は、年寄りや主婦の散歩コース。休日になれば、子どもらの遊び場。
 でも、昼間だけだ。西日が差し始めると、変わる。すっと、ひとけがなくなる。
 川沿いは不良がたむろしますよ、暴走族が集まってくるから良い子は行っちゃダメですよ、近くを通るときも絶対に気を付けなさい。そう言われてる。
 つまり、西日が差し始めると、主役交代。オレみたいなのが、川沿いの芝生を占領する。
 噂ってのは、ある意味、便利だな。噂のおかげで、この時間帯のこの場所は、誰も近寄ってこないから気楽だ。
 オレは昔から、パッと見、怖がられていた。制服を着るようになって、ますますだ。
 生まれつき、銀色の髪、金色の瞳。首に掛けた銀の鎖のネックレス。両耳に着けたリングのピアス。着崩したブレザーの制服は、肩章が付いてるせいで軍服っぽい。その堅苦しさが嫌いで。だから、まじめに着たくない。
 オレが通うのは、襄陽《じょうよう》学園高校。オレは二年生になったばかりだ。
 襄陽には、スポーツ特待生もいれば優等生もいる。芸能系のコースもある。いろんな生徒がいる学校だが、いちばん有名なのは、オレたちのことか。瑪都流《バァトル》と呼ばれる集団で、オレの兄貴がそのリーダーで。
 白い目でじろじろ見られることも、そのくせ目が合った瞬間にそっぽ向かれることも、、もう慣れた。そして、妙なやつらに襲撃されることにも。
「やっぱ今日もいやがった! 瑪都流の銀髪野郎! 最強って肩書、いただきに来たぞ!」
 肩書なんて、名乗ったことない。
「返事しろや、銀髪の悪魔!」
 そんな通り名も、名乗ったことない。
 左耳のイヤフォンが鋭いギターを鳴らして、フィニッシュを待たずに、オレは音楽プレイヤーの電源を切る。
 オレが立ち上がるのよりも先に、気配がある。鋭く空気を切り裂いて飛来する、気配。オレはとっさに、草の上を転がった。
 銃声は、スパンと軽かった。オレの頭があった場所に、BB弾が、草を散らして土に埋まり込んでいる。
 改造エアガンか。またかよ。うんざりしながらも、オレは素早く起き上がる。
 オレを襲撃してきたのは、三人。意外に少ない人数だ。でも、手慣れてる。夕日を背に、土手の上からの狙撃。オレンジ色の光がまぶしい。連中はシルエットになっている。顔が見えない。男二人、女一人ってことだけは、わかる。
 改造エアガンを構えてるのは、女だ。威勢のいい啖呵が切られた。
「あたしらの先輩、あんたら瑪都流に潰されたんだよね。覚えてるでしょ、先月の」
 先月、オレたちは、この町に居着いてた暴走族に襲撃された。ケンカが強いとかバイクが速いとか、危ういことをやる度胸があるとか、とにかくイキリたがるばっかりの連中で。
 襲われたら反撃するしかないじゃねぇか。そして、ケンカするからには、負けてやる理由なんかないだろ。
 オレの右脚を狙って、BB弾が飛んできた。難なくかわす。
「敵討ちってわけじゃないけどさぁ、あたしたちもも自分らの目と手で確認したいし?」
 女の狙撃の腕は悪くない。でも、オレに当てようなんて思うなよ。相手が悪いぞ。確認したいのは、たぶん、オレの実力のことだ。普通の戦闘力と、普通じゃない能力と。
 男二人も銃を構えた。たぶん、女のと同じ改造エアガン。射程距離と殺傷能力を上げてある。銃刀法違反ってレベルだと思う。
 男のうち一人、背の低いほうが笑った。
「いつも、あんた一人で戦うんだって? んで、ハンパなく強いんだって? マジなら見せてほしいんだよね。銀髪の悪魔が、悪魔って呼ばれる理由」
 悪魔、か。オレの戦闘能力が人並み外れているから? それとも、相手を打ちのめすときは、徹底してるから?
「あまり派手なケンカはしたくない」
 ザワッと逆立つ銀髪。手のひらが熱く光り始める。夕日のオレンジ色を切り裂くような、冴え冴えと冷たく白い光だ。オレの目の前で、白い光は凝縮して、壁を形づくる。これがオレの能力、障壁《ガード》だ。
 背が高いほうの男が口笛を吹いた。
「なるほどねぇ。それが噂の異能ってやつか。こっちは銃三丁だからね。いくら銀髪の悪魔でも、素手じゃないよね」
 言うが早いか、三人は発砲した。
 ピシ。ピシピシ。
 手応えは、ごくごく軽い。淡く発光する障壁《ガード》がBB弾を受けた。着弾点だけ、一瞬、チカリとまたたく。BB弾は、焼き切れるように粉砕した。残骸が芝生に落ちる。
 ピシピシと軽い音が連なる。おもちゃの銃弾は、狙いだけは完璧だ。左胸と頭部。でも、無駄だな。本物の銃弾でさえ防ぐオレの障壁《ガード》をおもちゃの鉄砲で破ろうなんてのは、無鉄砲もいいところだ。
 脚のバネをたわめる。一気に飛び出して、距離を詰めるために。このまま突っ込んで、一撃ずつで沈めてやる。抵抗するなよ。ケガさせるのは好きじゃないんだ。
 そのとき、だった。横合いから、声が割り込んだ。
「あなたたち、何をしているの!」
 女の声。よく通る声だった。キレイな響きに、一瞬、気をそがれた。姿を見た。襄陽の制服を着ている。着方がまじめだから、進学科か?
「って、おい、こっちに来るな!」
 女が、すたすたと近寄ってくる。オレと連中の間に割り込むみたいに。
 そして、ほぼ同時に。
 人が、現れた。
「え?」
 オレと連中の、ちょうど間あたりに。女が歩いて行こうとした先に。
 その場の全員が、固まった。
 忽然と現れた、そいつ。オレと同い年か少し年下くらいの男だ。
「な、何なんだ?」
 栗色の髪に驚かされた。兄貴と同じ色だ。というか、オレの家系の髪の色だ。オレを除く血縁全員の。
 裂けて汚れた服には、すすや血が付着している。火薬の匂いを感じた。まるで、たった今まで戦場にでもいたみたいだ。
 でも、なぜ、いきなり? 目の錯覚? じゃないよな。ここにいる全員が見た。見て、驚いて、固まっている。
 そいつはうつむいていた。胸元に何かを握りしめている。
 沈黙。
 そいつが動いた。はぁ、と大きな息をついた。そして、顔を上げた。
 オレとそいつの目が合った。
 ドクリ、とオレの心臓が騒ぎ出した。
 似てる。切れ長の目。通った鼻筋。額や顎の形。兄貴に似てる。それだけじゃない。兄貴よりももっと、オレ自身に似てる。
 不意に、オレの胸でペンダントが熱を持った。ドクドクと、高鳴る鼓動に似たリズムで打ちながら告げる――因果の天秤に、均衡を。
 そいつが、まばたきをした。声を発しようとして、咳をした。それがひどく人間くさくて、オレは光の障壁《ガード》を消しながら腕を下ろした。