師央と合流して、鈴蘭を自宅まで送る。もはや慣れた道を歩くうちに、その場面に出くわした。柄の悪いのが数人、誰かを囲んだところだった。
「よぉ、テメェ、金持ってるだろ? 大都《だいと》のお坊ちゃんだもんなぁ? おれらにちょっと貸してくれよ」
カツアゲだ。大都高校は隣町にある男子校で、全国有数の進学校。授業料がバカ高いことでも有名だ。当然というべきか、ハンパな不良たちの格好の餌食になっている。
涼しい声が不良たちに応えた。
「貸してくれ、ですか? ということは、返してもらえるんですよね?」
不良たちが爆笑する。
「誰が返すかよ! こいつ、バカじゃね? お坊ちゃんはお勉強しかできないのかなぁ?」
鈴蘭がオレの隣で憤慨した。
「何よ、あれ! 感じ悪い! 止めなきゃ!」
言うと思ったが、鈴蘭が出ていくのは無謀だ。オレは鈴蘭と師央を牽制した。
「ここから動くなよ。オレが威嚇してくる」
「先輩、暴力はダメですよ?」
「向こう次第だ」
「煥さん、カバン持っておきましょうか?」
「頼む」
オレはカツアゲの連中に近付いた。不良の輪の中心に、灰色の詰襟の男が見えた。意外に飄々《ひょうひょう》としている。
「言葉は正しく使ってくださいね。返すつもりがないなら、くれ、と言うべきです」
「正しい言葉を使えば、金くれんのか?」
「まさか」
「優等生気取りのボンボンがナメんなよ!」
「気取ってるわけじゃなく、優等生だけどね」
大都高校のそいつは、すらりと背が高い。墓石とあだ名されるグレーの詰襟なのに、こいつが着てると、違う代物みたいだ。緩く波打った髪。目は緑がかっている。彫りの深い顔立ちには笑みがある。
そいつは何気なく立っているように見えた。でも、実は両脚のバネがたわめられている。いつでも飛び出せる構えだ。鍛えてあるらしい。相当、強い。大都にもこんなやつがいるのか。背中を丸めたガリ勉ばっかりだと思っていた。
ふと、そいつがオレを見た。緑の目が、ハッキリと微笑んだ。
「ああ、やっと会えた。ぼくは彼を待ってたんですよ」
彼、と手のひらで示された先のオレへ、不良たちが振り返る。ギョッとした顔になった。それから開き直った。
「銀髪野郎じゃねぇか。おれらもテメェには会いたかったぜ? ここんとこ、やられっぱなしだからな」
その言い草に、理解する。
「緋炎の下っ端か。瑪都流のシマで、ふざけてんじゃねえ。締められてぇのか?」
返答は拳だった。下品な雄たけびをあげながら、わらわらと殴りかかってくる。
ケンカと呼べるレベルでもない。手応えのある相手は、めったにいない。無駄なく一撃ずつで沈めたのが、六人。
残るはあと一人だった。でも、オレの視線の先で、それも倒れた。倒したのは、大都高校の優等生だ。
「慣れてるみたいだな、あんた」
オレの言葉に、そいつは笑った。パタパタと両手をはたく。
「優等生も、ムシャクシャすることがあるんです。たまにはこうして息抜きしないとね」
「ふざけた野郎だ」
「型に嵌るのは苦手なんですよ」
「オレに会いたかった?」
「ええ、伊呂波煥くん。そのつもりで待っていました。でも、日を改めようかな」
そいつは、オレの肩越しに視線を投げた。鈴蘭と師央がいる。
「ここじゃ話せないことか?」
「話してもいいんだけどね。でも、もう少し情報がほしくなりました。あ、危険な取引なんかじゃないですよ。まあ、興味を持ってもらえたら嬉しいな」
そいつは、重たげなカバンを肩に引っかけて歩き出した。オレの隣を、すっと通り過ぎる。かすかな風圧。足音がしない。
オレはそいつの動きを目で追った。そいつは鈴蘭と師央に軽く会釈をする。そのまま歩いていく。
鈴蘭は怪訝そうな顔をしていた。師央の表情がおかしい。目を見張って、かすかに震えている。師央は、歩き去ろうとする背中に叫んだ。
「カイガさん!」
そいつがゆっくり師央へと向き直る。顔は微笑んでいる。体は隙なく身構えている。
「どこかで会いましたっけ?」
後ろ姿の師央が何かを叫んだ。でも、声は聞こえない。カイガと呼ばれた男が首をかしげる。師央は、かぶりを振った。黙って頭を下げる。
カイガ、というのか? 未来での知り合いか? 師央は何を話せずにいるんだ?
カイガというらしい男は手を振って、今度こそ立ち去った。時間の流れが急にもとに戻った気がした。足元のそこここで、緋炎の下っ端が呻いている。オレは鈴蘭と師央を促した。
「別の道から回って帰るぞ」
鈴蘭が、例の怒ったような顔でオレを見上げた。
「彼らはどうするつもりですか?」
「ほっとく」
「痛がってるじゃないですか!」
「殴ったからな」
「何でそんなに暴力的なんです?」
「向こうから突っかかって来た」
「確かにそうだけど、過剰防衛です!」
うるさい。面倒くさい。
「おい、師央。さっさと行くぞ」
師央は、うなずくついでにうつむいた。目に涙がたまっているのが見えた。鈴蘭も、師央の表情に気付いたらしい。師央の顔をのぞき込んだ。
「どうしたの、師央くん? さっきの人、知り合い? 何かあったの?」
師央は胸の前で拳を握った。ちょうどそのあたりに、鎖を通して首から提げた白獣珠があるはずだ。師央は言葉を選ぶように、切れ切れに告げた。
「あの人は、カイガさん。そう覚えておくように、と言っていました。ぼくは、一度だけ、会ったんです。でも、きっと、あの人のことは何も話せません。“代償”に、引っ掛かってしまうから」
師央は歩き出した。オレも鈴蘭も歩き出す。
胸騒ぎがする。何かが大きく動き始めている。今もまた、白獣珠の鼓動が速い。
「よぉ、テメェ、金持ってるだろ? 大都《だいと》のお坊ちゃんだもんなぁ? おれらにちょっと貸してくれよ」
カツアゲだ。大都高校は隣町にある男子校で、全国有数の進学校。授業料がバカ高いことでも有名だ。当然というべきか、ハンパな不良たちの格好の餌食になっている。
涼しい声が不良たちに応えた。
「貸してくれ、ですか? ということは、返してもらえるんですよね?」
不良たちが爆笑する。
「誰が返すかよ! こいつ、バカじゃね? お坊ちゃんはお勉強しかできないのかなぁ?」
鈴蘭がオレの隣で憤慨した。
「何よ、あれ! 感じ悪い! 止めなきゃ!」
言うと思ったが、鈴蘭が出ていくのは無謀だ。オレは鈴蘭と師央を牽制した。
「ここから動くなよ。オレが威嚇してくる」
「先輩、暴力はダメですよ?」
「向こう次第だ」
「煥さん、カバン持っておきましょうか?」
「頼む」
オレはカツアゲの連中に近付いた。不良の輪の中心に、灰色の詰襟の男が見えた。意外に飄々《ひょうひょう》としている。
「言葉は正しく使ってくださいね。返すつもりがないなら、くれ、と言うべきです」
「正しい言葉を使えば、金くれんのか?」
「まさか」
「優等生気取りのボンボンがナメんなよ!」
「気取ってるわけじゃなく、優等生だけどね」
大都高校のそいつは、すらりと背が高い。墓石とあだ名されるグレーの詰襟なのに、こいつが着てると、違う代物みたいだ。緩く波打った髪。目は緑がかっている。彫りの深い顔立ちには笑みがある。
そいつは何気なく立っているように見えた。でも、実は両脚のバネがたわめられている。いつでも飛び出せる構えだ。鍛えてあるらしい。相当、強い。大都にもこんなやつがいるのか。背中を丸めたガリ勉ばっかりだと思っていた。
ふと、そいつがオレを見た。緑の目が、ハッキリと微笑んだ。
「ああ、やっと会えた。ぼくは彼を待ってたんですよ」
彼、と手のひらで示された先のオレへ、不良たちが振り返る。ギョッとした顔になった。それから開き直った。
「銀髪野郎じゃねぇか。おれらもテメェには会いたかったぜ? ここんとこ、やられっぱなしだからな」
その言い草に、理解する。
「緋炎の下っ端か。瑪都流のシマで、ふざけてんじゃねえ。締められてぇのか?」
返答は拳だった。下品な雄たけびをあげながら、わらわらと殴りかかってくる。
ケンカと呼べるレベルでもない。手応えのある相手は、めったにいない。無駄なく一撃ずつで沈めたのが、六人。
残るはあと一人だった。でも、オレの視線の先で、それも倒れた。倒したのは、大都高校の優等生だ。
「慣れてるみたいだな、あんた」
オレの言葉に、そいつは笑った。パタパタと両手をはたく。
「優等生も、ムシャクシャすることがあるんです。たまにはこうして息抜きしないとね」
「ふざけた野郎だ」
「型に嵌るのは苦手なんですよ」
「オレに会いたかった?」
「ええ、伊呂波煥くん。そのつもりで待っていました。でも、日を改めようかな」
そいつは、オレの肩越しに視線を投げた。鈴蘭と師央がいる。
「ここじゃ話せないことか?」
「話してもいいんだけどね。でも、もう少し情報がほしくなりました。あ、危険な取引なんかじゃないですよ。まあ、興味を持ってもらえたら嬉しいな」
そいつは、重たげなカバンを肩に引っかけて歩き出した。オレの隣を、すっと通り過ぎる。かすかな風圧。足音がしない。
オレはそいつの動きを目で追った。そいつは鈴蘭と師央に軽く会釈をする。そのまま歩いていく。
鈴蘭は怪訝そうな顔をしていた。師央の表情がおかしい。目を見張って、かすかに震えている。師央は、歩き去ろうとする背中に叫んだ。
「カイガさん!」
そいつがゆっくり師央へと向き直る。顔は微笑んでいる。体は隙なく身構えている。
「どこかで会いましたっけ?」
後ろ姿の師央が何かを叫んだ。でも、声は聞こえない。カイガと呼ばれた男が首をかしげる。師央は、かぶりを振った。黙って頭を下げる。
カイガ、というのか? 未来での知り合いか? 師央は何を話せずにいるんだ?
カイガというらしい男は手を振って、今度こそ立ち去った。時間の流れが急にもとに戻った気がした。足元のそこここで、緋炎の下っ端が呻いている。オレは鈴蘭と師央を促した。
「別の道から回って帰るぞ」
鈴蘭が、例の怒ったような顔でオレを見上げた。
「彼らはどうするつもりですか?」
「ほっとく」
「痛がってるじゃないですか!」
「殴ったからな」
「何でそんなに暴力的なんです?」
「向こうから突っかかって来た」
「確かにそうだけど、過剰防衛です!」
うるさい。面倒くさい。
「おい、師央。さっさと行くぞ」
師央は、うなずくついでにうつむいた。目に涙がたまっているのが見えた。鈴蘭も、師央の表情に気付いたらしい。師央の顔をのぞき込んだ。
「どうしたの、師央くん? さっきの人、知り合い? 何かあったの?」
師央は胸の前で拳を握った。ちょうどそのあたりに、鎖を通して首から提げた白獣珠があるはずだ。師央は言葉を選ぶように、切れ切れに告げた。
「あの人は、カイガさん。そう覚えておくように、と言っていました。ぼくは、一度だけ、会ったんです。でも、きっと、あの人のことは何も話せません。“代償”に、引っ掛かってしまうから」
師央は歩き出した。オレも鈴蘭も歩き出す。
胸騒ぎがする。何かが大きく動き始めている。今もまた、白獣珠の鼓動が速い。