「うーん……」
私はお休みの日を使って、部屋の中の整理をしていた。
美代ちゃんの荷物を整理していっているのだ。
家ではだらしなかった美代ちゃんは、当然のごとく部屋の中もだらしない。
見た感じは綺麗でも、棚や押し入れの中は無茶苦茶だ。
「うっわ、なんかベトベトしとるう」
思わず声が出る。タンスの中に突っ込んであったポーチの中に飴があって、それが溶けてしまって、しかもポーチの内側に漏れ出しているのだ。
「もー……、分別たいぎいわ」
飴の袋は「リサイクルプラ」で、飴自体は「燃えるごみ」。ポーチは……これは布製だから、「資源ごみ」。いや、ファスナーが付いているから「不燃ごみ」?
「洗わんと……いけんよねえ……。いや不燃ごみならいいんかな」
そう一人でごちたあと、はあ、とため息が出る。
こんな感じで遅々として進まない。
「ちょっとこれは後にしよ」
ぽい、と空いたダンボール箱にポーチごと投げ込む。
一つ一つ丁寧に見ていって、そして美代ちゃんとの思い出を噛みしめよう、だなんて考えていたのだが、忙しさにかまけて長い間放置したままだった。
業者に頼めば早いのだろうが、どうにもそういう気分にならない。やっぱり噛みしめたい、という気持ちは変わらない。
けれど、今日こそやるぞ、と思いながら手を付けたのだが、早くもくじけそうだ。
次に棚から写真が出てきた。もちろんアルバムに挟むだなんてことはしていないので、封筒に何枚かまとめて入っているものが出てきたのだ。
「くっついとるう」
一枚一枚、ぺりぺりと丁寧に剥がしていく。ようやくすべてを剥がすことができて、私はほっと息を吐く。
まったく、時間がいくらあっても足りない。
私は物を溜め込まないようにしよう、と心に誓った。
「あ……」
私は写真をじっと眺める。
きっと誰かが撮ったものを、封筒に入れて美代ちゃんに渡してくれたのだろう。そして美代ちゃんはそれらをサラッと見たあと、また封筒に入れてしまいこんでしまったのだ。簡単に想像できる。
笑顔の美代ちゃん。ちょっと若い。私がここに来る前の写真だろうか。
背景や格好を見るに、どうやらゴルフ大会の模様だ。男女混合で二十人以上はいる。
カートの中から顔を覗かせている美代ちゃん。ショット中の美代ちゃん。スコアカードをこちらに見せて笑っている美代ちゃん。楽しそうだ。
「ん?」
写真に顔を近付けて、よくよく見てみると。
「90切っとる! すごい、美代ちゃん!」
美代ちゃんが持っているスコアカードには、87、と書いてあった。
けっこうゴルフが得意だったのか。確かに部屋の隅にゴルフバッグは置いてはあるけれど、そこまでだとは知らなかった。
やっぱり私は美代ちゃんについて、知らないことがまだまだあるんだなあ、なんて考える。
うん、業者に頼まずに自分でやろう。
そう新たに決意したところで、その辺りに投げておいた私のスマホが着信音を鳴らす。
音を変えているので、誰からなのかは見なくてもわかった。
母だ。
せっかく今、いい気分だったのになあ、とため息をつく。
しばらくして着信音は止まった。きっとまた留守電にメッセージが入っているのだろう。
『元気にしとる?』
『お母さんたちね、反省しとるんよ、美代子に任せたまんまで。美代子から何を聞いとるかは知らんけど、あの子はうちの親戚のことは嫌いじゃけえ大げさなんよ』
『お母さんの身体も調子悪いし』
『そろそろ意地を張らずに帰ってきんさい』
『実はお父さん、子会社のほうに異動になってしもうて。大変なんよ』
毎回、違う言葉が入っているが、どれもこれも聞くに値しない。
たまにこの部屋にも訪れてはいるみたいだが、インターホンの音は鳴らないように設定しているので気付かない。
最初は宅配便にも気付かないので困ったが、宅配ボックスも置いたし、通販なんかは職場に送ってもらうようにしたら、特に不都合はなくなった。
本当は電話も着信拒否をしてしまいたいが、そうすると毎日ここに押し掛けるようになりそうで、放置している。
逃げ切るには、この部屋を引っ越せばいいのかもしれないが、やっぱりそれはしたくない。
ここは、美代ちゃんが私を受け入れてくれた、そういう場所だ。大切な場所だ。
どうしてそんな場所を、あんな人のために捨てなければならないのか。絶対に、嫌だ。
そのうち鉢合わせるかもしれないが、会ったところで心が揺らぐこともないし、そのときはそのときだ。
『絵里ちゃんは、姉さんから逃げんにゃいけん』
美代ちゃんがそう言っていた。それは正しかったと、今でも思う。あのとき、とてもつらかったけれど、美代ちゃんがそう言ってくれてよかった。
美代ちゃんが逃げろと言ってくれたから、私は両親に囚われることなく、自分の人生を生きている。
『自分は自分のことをめいっぱい愛さんと』
それはまだ、できているかどうかはわからないけれど。でも以前よりは、私は私のことを気に入っている。
ただ、私が美代ちゃんのすべてを奪ってしまったのではないかという気持ちは、未だ、拭えない。
あれから何度か第二新天地公園には足を運んだ。
けれど妖精は現れない。
やり方が間違っているのか。
そもそも、妖精なんてあそこにはいないのか。
それとも……私の悩みは聞くに値しないのか。
わからない。
わからないから、また行ってみよう、と思っている。
私はお休みの日を使って、部屋の中の整理をしていた。
美代ちゃんの荷物を整理していっているのだ。
家ではだらしなかった美代ちゃんは、当然のごとく部屋の中もだらしない。
見た感じは綺麗でも、棚や押し入れの中は無茶苦茶だ。
「うっわ、なんかベトベトしとるう」
思わず声が出る。タンスの中に突っ込んであったポーチの中に飴があって、それが溶けてしまって、しかもポーチの内側に漏れ出しているのだ。
「もー……、分別たいぎいわ」
飴の袋は「リサイクルプラ」で、飴自体は「燃えるごみ」。ポーチは……これは布製だから、「資源ごみ」。いや、ファスナーが付いているから「不燃ごみ」?
「洗わんと……いけんよねえ……。いや不燃ごみならいいんかな」
そう一人でごちたあと、はあ、とため息が出る。
こんな感じで遅々として進まない。
「ちょっとこれは後にしよ」
ぽい、と空いたダンボール箱にポーチごと投げ込む。
一つ一つ丁寧に見ていって、そして美代ちゃんとの思い出を噛みしめよう、だなんて考えていたのだが、忙しさにかまけて長い間放置したままだった。
業者に頼めば早いのだろうが、どうにもそういう気分にならない。やっぱり噛みしめたい、という気持ちは変わらない。
けれど、今日こそやるぞ、と思いながら手を付けたのだが、早くもくじけそうだ。
次に棚から写真が出てきた。もちろんアルバムに挟むだなんてことはしていないので、封筒に何枚かまとめて入っているものが出てきたのだ。
「くっついとるう」
一枚一枚、ぺりぺりと丁寧に剥がしていく。ようやくすべてを剥がすことができて、私はほっと息を吐く。
まったく、時間がいくらあっても足りない。
私は物を溜め込まないようにしよう、と心に誓った。
「あ……」
私は写真をじっと眺める。
きっと誰かが撮ったものを、封筒に入れて美代ちゃんに渡してくれたのだろう。そして美代ちゃんはそれらをサラッと見たあと、また封筒に入れてしまいこんでしまったのだ。簡単に想像できる。
笑顔の美代ちゃん。ちょっと若い。私がここに来る前の写真だろうか。
背景や格好を見るに、どうやらゴルフ大会の模様だ。男女混合で二十人以上はいる。
カートの中から顔を覗かせている美代ちゃん。ショット中の美代ちゃん。スコアカードをこちらに見せて笑っている美代ちゃん。楽しそうだ。
「ん?」
写真に顔を近付けて、よくよく見てみると。
「90切っとる! すごい、美代ちゃん!」
美代ちゃんが持っているスコアカードには、87、と書いてあった。
けっこうゴルフが得意だったのか。確かに部屋の隅にゴルフバッグは置いてはあるけれど、そこまでだとは知らなかった。
やっぱり私は美代ちゃんについて、知らないことがまだまだあるんだなあ、なんて考える。
うん、業者に頼まずに自分でやろう。
そう新たに決意したところで、その辺りに投げておいた私のスマホが着信音を鳴らす。
音を変えているので、誰からなのかは見なくてもわかった。
母だ。
せっかく今、いい気分だったのになあ、とため息をつく。
しばらくして着信音は止まった。きっとまた留守電にメッセージが入っているのだろう。
『元気にしとる?』
『お母さんたちね、反省しとるんよ、美代子に任せたまんまで。美代子から何を聞いとるかは知らんけど、あの子はうちの親戚のことは嫌いじゃけえ大げさなんよ』
『お母さんの身体も調子悪いし』
『そろそろ意地を張らずに帰ってきんさい』
『実はお父さん、子会社のほうに異動になってしもうて。大変なんよ』
毎回、違う言葉が入っているが、どれもこれも聞くに値しない。
たまにこの部屋にも訪れてはいるみたいだが、インターホンの音は鳴らないように設定しているので気付かない。
最初は宅配便にも気付かないので困ったが、宅配ボックスも置いたし、通販なんかは職場に送ってもらうようにしたら、特に不都合はなくなった。
本当は電話も着信拒否をしてしまいたいが、そうすると毎日ここに押し掛けるようになりそうで、放置している。
逃げ切るには、この部屋を引っ越せばいいのかもしれないが、やっぱりそれはしたくない。
ここは、美代ちゃんが私を受け入れてくれた、そういう場所だ。大切な場所だ。
どうしてそんな場所を、あんな人のために捨てなければならないのか。絶対に、嫌だ。
そのうち鉢合わせるかもしれないが、会ったところで心が揺らぐこともないし、そのときはそのときだ。
『絵里ちゃんは、姉さんから逃げんにゃいけん』
美代ちゃんがそう言っていた。それは正しかったと、今でも思う。あのとき、とてもつらかったけれど、美代ちゃんがそう言ってくれてよかった。
美代ちゃんが逃げろと言ってくれたから、私は両親に囚われることなく、自分の人生を生きている。
『自分は自分のことをめいっぱい愛さんと』
それはまだ、できているかどうかはわからないけれど。でも以前よりは、私は私のことを気に入っている。
ただ、私が美代ちゃんのすべてを奪ってしまったのではないかという気持ちは、未だ、拭えない。
あれから何度か第二新天地公園には足を運んだ。
けれど妖精は現れない。
やり方が間違っているのか。
そもそも、妖精なんてあそこにはいないのか。
それとも……私の悩みは聞くに値しないのか。
わからない。
わからないから、また行ってみよう、と思っている。