そう思ってビール缶を口から離したところで、あやかママに話しかけられた。
「広島の人じゃないん?」
「わかります?」
苦笑しながら応える。広島に来てもう十二年と長いが、特に広島弁がうつったということもない。ただ、聞き慣れはしてきた。
「うん、広島弁じゃないし、細かい発音がちょっと違うかねえ」
「大学からこっちなんですよ。そのまま就職して」
「広島弁、慣れた?」
笑いながらあやかママは言う。
どうやら最初は広島弁の話題で押し切るつもりらしい。
「まあ、慣れましたね。最初はちょっと怖かったかな」
「ようそう言われるんじゃけど。広島弁、そがあに怖いかねえ」
「なんかちょっと怒られている気がします」
「やっぱり」
そう言ってあはは、と声を上げて笑う。
少し、気が抜けてきた。あやかママがずっとにこにことしているせいかもしれない。
気を張らなくていい、とそんな気がした。
「あ、でも、広島に来てからすぐの頃、いきなり怒られたんですよ。それで余計に怖いのかもしれません」
「いきなり? 何やらかしたん」
「お好み焼きのこと、広島焼きって言ったんです」
そう言って苦笑する。
広島の大学に入って、まだ周りとの距離を掴みかねていた頃の話だ。
やはり広島に来たからには食べておいたほうがいいだろう、とは思っていた。ガイドブックを見ても、広島風お好み焼きのことを書いていないものはない。ネットで調べても、もちろんお好み焼きを勧めていないガイドサイトはない。
けれど、どこのお店がいいのかは、よくわからない。候補が多すぎるのだ。
大学の近くのアパートで独り暮らしを始めて、辺りを歩いてはみたが、やっぱりよくわからない。
そこかしこに店はあるが、どうせなら美味しいと評判のところがいい。
これは地元のヤツらに訊いてみるが吉だろう、とそう思った。
だから、授業が終わったあとの教室で、なんとなくクラスメートたちが集合している場で、俺はこう言った。
「広島焼きって、どこのお店が美味しいか知ってる?」
と彼らを見渡して訊いたら、その中の広島県民たちは一様に眉をひそめたのだ。一瞬にして、教室内がしんとなる。
俺と同じように他県から来た人間もその場にはいたので、この空気の変わりように、彼らと一緒に顔を見合わせた。
すると一人がこう言った。
「広島焼きなんてものはない」
と、多少ふてくされたような口調で。
広島風に言えば、「はぶてられた」。
「なんなんなら、そりゃあ。お好み焼きぃ言えや。せめて広島風お好み焼き、じゃろ」
なんだかものすごく怒られたような気がして、まったく反論できずに口ごもった。
その話をすると、あやかママは、あはは、と声を出して笑った。
「広島焼きはねえ、怒る人はものすご怒るけえねえ」
「みたいですね。でもまあそのときは、本気で怒ってたわけでもないようなんですけど」
実際、ふてくされていたのはそのときだけで、話題が変わった瞬間に、にこやかになっていたし、そいつとは今でも付き合いはある。
そのあともからかうように、お好み焼き屋を見かけると、「広島焼き?」だなんて言ったりして、わざとらしく唇を尖らせるのを見て笑ったものだった。
「ウチは最初、広島焼きが何かわからんかったよ」
「わからなかった?」
「うん。広島焼きって何? 知らん、思うて。観光客用の言葉なんじゃろうね」
「へえ」
とりとめのないそんな話をして。
わずかに訪れた沈黙の時間に、あやかママはぐいっとビールを飲んだ。
「ほいで?」
「え?」
「ウチを呼び出したのは、なんで?」
足を組んで、ビールを持った手を軽く膝の上に乗せて。
どこか遠くを見て、少しばかり口の端を上げて、あやかママはそう言った。
「広島の人じゃないん?」
「わかります?」
苦笑しながら応える。広島に来てもう十二年と長いが、特に広島弁がうつったということもない。ただ、聞き慣れはしてきた。
「うん、広島弁じゃないし、細かい発音がちょっと違うかねえ」
「大学からこっちなんですよ。そのまま就職して」
「広島弁、慣れた?」
笑いながらあやかママは言う。
どうやら最初は広島弁の話題で押し切るつもりらしい。
「まあ、慣れましたね。最初はちょっと怖かったかな」
「ようそう言われるんじゃけど。広島弁、そがあに怖いかねえ」
「なんかちょっと怒られている気がします」
「やっぱり」
そう言ってあはは、と声を上げて笑う。
少し、気が抜けてきた。あやかママがずっとにこにことしているせいかもしれない。
気を張らなくていい、とそんな気がした。
「あ、でも、広島に来てからすぐの頃、いきなり怒られたんですよ。それで余計に怖いのかもしれません」
「いきなり? 何やらかしたん」
「お好み焼きのこと、広島焼きって言ったんです」
そう言って苦笑する。
広島の大学に入って、まだ周りとの距離を掴みかねていた頃の話だ。
やはり広島に来たからには食べておいたほうがいいだろう、とは思っていた。ガイドブックを見ても、広島風お好み焼きのことを書いていないものはない。ネットで調べても、もちろんお好み焼きを勧めていないガイドサイトはない。
けれど、どこのお店がいいのかは、よくわからない。候補が多すぎるのだ。
大学の近くのアパートで独り暮らしを始めて、辺りを歩いてはみたが、やっぱりよくわからない。
そこかしこに店はあるが、どうせなら美味しいと評判のところがいい。
これは地元のヤツらに訊いてみるが吉だろう、とそう思った。
だから、授業が終わったあとの教室で、なんとなくクラスメートたちが集合している場で、俺はこう言った。
「広島焼きって、どこのお店が美味しいか知ってる?」
と彼らを見渡して訊いたら、その中の広島県民たちは一様に眉をひそめたのだ。一瞬にして、教室内がしんとなる。
俺と同じように他県から来た人間もその場にはいたので、この空気の変わりように、彼らと一緒に顔を見合わせた。
すると一人がこう言った。
「広島焼きなんてものはない」
と、多少ふてくされたような口調で。
広島風に言えば、「はぶてられた」。
「なんなんなら、そりゃあ。お好み焼きぃ言えや。せめて広島風お好み焼き、じゃろ」
なんだかものすごく怒られたような気がして、まったく反論できずに口ごもった。
その話をすると、あやかママは、あはは、と声を出して笑った。
「広島焼きはねえ、怒る人はものすご怒るけえねえ」
「みたいですね。でもまあそのときは、本気で怒ってたわけでもないようなんですけど」
実際、ふてくされていたのはそのときだけで、話題が変わった瞬間に、にこやかになっていたし、そいつとは今でも付き合いはある。
そのあともからかうように、お好み焼き屋を見かけると、「広島焼き?」だなんて言ったりして、わざとらしく唇を尖らせるのを見て笑ったものだった。
「ウチは最初、広島焼きが何かわからんかったよ」
「わからなかった?」
「うん。広島焼きって何? 知らん、思うて。観光客用の言葉なんじゃろうね」
「へえ」
とりとめのないそんな話をして。
わずかに訪れた沈黙の時間に、あやかママはぐいっとビールを飲んだ。
「ほいで?」
「え?」
「ウチを呼び出したのは、なんで?」
足を組んで、ビールを持った手を軽く膝の上に乗せて。
どこか遠くを見て、少しばかり口の端を上げて、あやかママはそう言った。