「きみに来てもらったのには、当然だがわけがある、生駒まい子くん」
 いきなりフルネームを呼ばれ、私は「はっ、はい」と背筋を伸ばした。
 阿形さんがカップ片手にやってきて、「ていうかそこ、どいて」と私を手で追い払う。居場所がなくなっておたおたしていた私に、佐行さんが微笑んだ。
「生駒ちゃんの席は、そっち」
 彼が指さしているのは、阿形さんの正面の席だ。すなわち柊木さんの隣。四つの机のうち、使用者のわからなかった席。
「私の席?」
「そ。ここに来るときは使っていいからね」
「私、ここに来るんですか?」
 私はコーヒーカップを持ってその席に行き、遠慮がちに腰を下ろした。三人と目の高さが同じになり、落ち着かない。まるで一員になってしまったみたいだ。
 柊木さんが椅子ごとこちらを向いた。
「国内営業本部で妙なことが起こっていないか、きみに聞きたい」
「あっ、まさに今日、ニソウ案件だなーと思ったことがあったんですが、言ってもいいですか?」
 なぜか柊木さんはだまってしまった。「やっぱり向いてますね」と佐行さんが笑って頬杖をつく。阿形さんはコーヒーを飲んでいる。
 柊木さんが、脚と腕をゆっくりと組む。
「聞こう」
「今日、宣伝課の週一の定例会の日でして。そこで雑誌担当とWEB担当の先輩から報告があったんですけれども」
 定例会では各人が、日々の朝礼では伝えきれない進捗や、課内で共有しておいたほうがいいことなどを報告しあう。目下、一番のトピックは新型ハイペリオンの導入にかんすることなのだけれど、今日は『聞いてくださいよー』と別件が持ち出された。
「副本部長についての話なんですが」と切り出したとき、三人がぴくっと反応した。柊木さんと佐行さんは顔を見あわせ、阿形さんはコーヒーを置く。
「……なんですか?」
「とりあえず続けてくれ。あとで説明する」
 なにかあるらしい。気になる。
「あのですね、とあるミュージシャンのCDを、とにかく配ってほしいっていう依頼があったんですって。販売促進部の種原(たねはら)さんという方から」
「とにかく配ってほしい?」
 佐行さんが身を乗り出した。
「変な依頼だね」