「上津役! おいこら! しっかりしろ! 上津役花代!」
直緒の怒鳴り声がする。
気付けば花代は直緒の腕の中にいた。
どうやら花代は一人で亜空間の外、現実世界に引き戻されたらしい。
「……巻緒……」
置き去りにしてしまったが、巻緒と共有する宇空間のおかげで巻緒の無事は知れる。
「上津役大丈夫か!」
「そう怒鳴らなくても大丈夫です。直緒さん。私は大丈夫。女子高生のうち一人を発見しました」
直緒に体重を預けたまま花代はこれまでの経緯を報告する。
「そうか」
「その子が亜空間の主で間違いないと思います」
「お前と同じく、か?」
「……いいえ、私ほど年季は入っていないと思います。まだ素人ですね。誰かの仕込みだと思います」
「……そうか」
「巻緒を置いてきてしまいました……もう一度戻ります」
「待て」
直緒の腕の中から立ち上がろうとした花代を直緒は命綱を引いて止めた。
「ちょ、危ないです直緒さん」
「それはこっちの台詞だ。勝算はあるのか? ないなら行かせるわけには行かない。巻緒の行動は巻緒自身に責任があるが、君の行動には我々の責任が付随する。君の身柄は我々が請け負っているのだから」
「あるって言っても信頼してくれたことないじゃないですか……」
花代はむくれる。
直緒は心配性だ。
それは兄である巻緒があんな目に遭った以上仕方のないことかもしれない。
しかし花代が行く以外に方法はないのだ。
直緒には宇空間と亜空間、全部まとめて異空間と呼称される空間に干渉する能力はない。
この事態に対処できるのは巻緒と宇空間を共有する花代だけなのだ。
「……今まだ巻緒があっちにいる。勝算はそれだけじゃ駄目ですか?」
「…………」
直緒は渋い顔で黙り込んだ。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください。ちゃらんぽらんな巻緒とは違って地に足をつけるのが直緒さんのお仕事じゃないですか」
「分かっているよ。承知しているよ。頑張って自分を納得させたよ今。……行ってこい。俺は待っている。いつも通りに」
「うん。行ってきます」
上津役花代は裂け目に飛び込んだ。
永犬丸直緒はため息をついてそれを見送った。
亜空間に取り残され永犬丸巻緒は少女と向き合っていた。
花代は彼女の名前を覚えていなかったようだが、巻緒は覚えていた。
花代と巻緒では重視する情報が違うのだ。
少女は巻緒を不審そうに眺めていた。
「……あなたはあの子の……お兄さん?」
「外れ。ちなみにあの子の名前は上津役花代ちゃんだよ。よかったら覚えてあげてね、木内さん」
「私の名前を……? あなたはどちらさま?」
「彼から聞いていないかな? 死に損ないの異空間干渉者の話」
「つまりあなたが永犬丸巻緒……そう本当にこんなことってあるんだね……」
木内は手近の空間を指でなぞった。
そこに裂け目が生じ、その向こうにはふたりの少女が気を失っていた。
彼女たちも花代たちと同じ制服を着ていた。
巻緒はそのふたりにも見覚えがあった。
木内はポケットからカッターナイフを取り出した。
「ここから、私の亜空間から出て行って、永犬丸巻緒。それをしないなら私がこの子たちを傷付けることになるよ」
「うーん。それは出来ない相談なんだよね」
巻緒は頬をかいた。
「あいつからどこまで聞いてるか知らないけど、俺の行動は花代ちゃんに紐付けされているんだ。だからその子たちを傷付けたくはないけれど、ここを去ることも出来ないんだよ」
「紐付け……?」
「上津役花代は帰ってくるということだよ」
巻緒の言葉に応えるように巻緒の胸元に裂け目が現れた。
そこから上津役花代は登場した。
繋がっている花代と巻緒の宇空間。
そこを伝って彼女はここまでショートカットを成し遂げた。
「……戻ってきたんだ。上津役花代」
「あら名前。巻緒が教えたのね。別に良いのに。そしてあなたも覚えたのね。別に良いのに」
そう言うが早いが花代は空間をなぞり裂け目を作りそこに飛び込んだ。
「…………」
木内は警戒する。
木内は知っている。
花代が自分より異空間の扱いに慣れていることを知っている。
どこから出てきてもおかしくないと知っている。
この亜空間は木内の宇空間を拡張して作ったものだ。
本来なら木内の意のままに操れるものだ。
しかし木内にはそれは出来ない。
木内は手練れの異空間干渉者ではない。
そして木内は知ってしまっている。
人の心は時に自分の心すらままならないと知っている。
「だからまあ……警戒と保身を第一にしちゃうのね……残念な子」
上津役花代はそう言った。気を失った少女たちの隣でそう言った。
「……上津役花代」
「はい。私の任務おしまい」
花代は空間を指先でなぞる。
その先には外が見える。
花代は少女たちを頑張って持ち上げた。
「さすがに重いなあ……」
「させない……!」
木内はカッターナイフを振りかぶる。
上津役花代の背に向かってそれを振り下ろそうとした。
直緒の怒鳴り声がする。
気付けば花代は直緒の腕の中にいた。
どうやら花代は一人で亜空間の外、現実世界に引き戻されたらしい。
「……巻緒……」
置き去りにしてしまったが、巻緒と共有する宇空間のおかげで巻緒の無事は知れる。
「上津役大丈夫か!」
「そう怒鳴らなくても大丈夫です。直緒さん。私は大丈夫。女子高生のうち一人を発見しました」
直緒に体重を預けたまま花代はこれまでの経緯を報告する。
「そうか」
「その子が亜空間の主で間違いないと思います」
「お前と同じく、か?」
「……いいえ、私ほど年季は入っていないと思います。まだ素人ですね。誰かの仕込みだと思います」
「……そうか」
「巻緒を置いてきてしまいました……もう一度戻ります」
「待て」
直緒の腕の中から立ち上がろうとした花代を直緒は命綱を引いて止めた。
「ちょ、危ないです直緒さん」
「それはこっちの台詞だ。勝算はあるのか? ないなら行かせるわけには行かない。巻緒の行動は巻緒自身に責任があるが、君の行動には我々の責任が付随する。君の身柄は我々が請け負っているのだから」
「あるって言っても信頼してくれたことないじゃないですか……」
花代はむくれる。
直緒は心配性だ。
それは兄である巻緒があんな目に遭った以上仕方のないことかもしれない。
しかし花代が行く以外に方法はないのだ。
直緒には宇空間と亜空間、全部まとめて異空間と呼称される空間に干渉する能力はない。
この事態に対処できるのは巻緒と宇空間を共有する花代だけなのだ。
「……今まだ巻緒があっちにいる。勝算はそれだけじゃ駄目ですか?」
「…………」
直緒は渋い顔で黙り込んだ。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください。ちゃらんぽらんな巻緒とは違って地に足をつけるのが直緒さんのお仕事じゃないですか」
「分かっているよ。承知しているよ。頑張って自分を納得させたよ今。……行ってこい。俺は待っている。いつも通りに」
「うん。行ってきます」
上津役花代は裂け目に飛び込んだ。
永犬丸直緒はため息をついてそれを見送った。
亜空間に取り残され永犬丸巻緒は少女と向き合っていた。
花代は彼女の名前を覚えていなかったようだが、巻緒は覚えていた。
花代と巻緒では重視する情報が違うのだ。
少女は巻緒を不審そうに眺めていた。
「……あなたはあの子の……お兄さん?」
「外れ。ちなみにあの子の名前は上津役花代ちゃんだよ。よかったら覚えてあげてね、木内さん」
「私の名前を……? あなたはどちらさま?」
「彼から聞いていないかな? 死に損ないの異空間干渉者の話」
「つまりあなたが永犬丸巻緒……そう本当にこんなことってあるんだね……」
木内は手近の空間を指でなぞった。
そこに裂け目が生じ、その向こうにはふたりの少女が気を失っていた。
彼女たちも花代たちと同じ制服を着ていた。
巻緒はそのふたりにも見覚えがあった。
木内はポケットからカッターナイフを取り出した。
「ここから、私の亜空間から出て行って、永犬丸巻緒。それをしないなら私がこの子たちを傷付けることになるよ」
「うーん。それは出来ない相談なんだよね」
巻緒は頬をかいた。
「あいつからどこまで聞いてるか知らないけど、俺の行動は花代ちゃんに紐付けされているんだ。だからその子たちを傷付けたくはないけれど、ここを去ることも出来ないんだよ」
「紐付け……?」
「上津役花代は帰ってくるということだよ」
巻緒の言葉に応えるように巻緒の胸元に裂け目が現れた。
そこから上津役花代は登場した。
繋がっている花代と巻緒の宇空間。
そこを伝って彼女はここまでショートカットを成し遂げた。
「……戻ってきたんだ。上津役花代」
「あら名前。巻緒が教えたのね。別に良いのに。そしてあなたも覚えたのね。別に良いのに」
そう言うが早いが花代は空間をなぞり裂け目を作りそこに飛び込んだ。
「…………」
木内は警戒する。
木内は知っている。
花代が自分より異空間の扱いに慣れていることを知っている。
どこから出てきてもおかしくないと知っている。
この亜空間は木内の宇空間を拡張して作ったものだ。
本来なら木内の意のままに操れるものだ。
しかし木内にはそれは出来ない。
木内は手練れの異空間干渉者ではない。
そして木内は知ってしまっている。
人の心は時に自分の心すらままならないと知っている。
「だからまあ……警戒と保身を第一にしちゃうのね……残念な子」
上津役花代はそう言った。気を失った少女たちの隣でそう言った。
「……上津役花代」
「はい。私の任務おしまい」
花代は空間を指先でなぞる。
その先には外が見える。
花代は少女たちを頑張って持ち上げた。
「さすがに重いなあ……」
「させない……!」
木内はカッターナイフを振りかぶる。
上津役花代の背に向かってそれを振り下ろそうとした。