10
 折角の四連休が始まるというのに、とても憂鬱な気分でいた。
 家に戻れば、夕食の支度がすっかりできていて、父も丁度帰っていたところだった。
 食卓を囲んで、母が拓登の話を振ってくる。
 小学一年のときに、学級懇談会や何かの集まりで確かに山之内さんというお母さんがいた事を話し、私が気づいてないと思って同じクラスだったと得意げに話していた。
「あのとき、真由は確か、山之内君の名前が上手くいえなくて、オウチ君って言ってたわね。ヤマノウチが『山の家』に思えて、そこからお家だけが残って、オウチ 君って呼んでいたと思うわ。だから山之内って名前を聞いても思い出せなかったのよ。まさか、あんなにかっこよくなってるなんて、私もびっくりだけど」
 母は暢気にお箸できゅうりの漬物を掴むと、それを口に入れてポリポリと音を立てて噛み締めていた。
 今更そんな事を言われても、もうどうにもならない。
 もっと早く気がついていたら、こんな最悪な結果にならなかったかもしれないのに。
 別に母が悪いわけでもないので、私はきゅうりの漬物に八つ当たるように、一切れ口に放りこんで負けずに噛み砕いた。
「一体なんの話をしてるんだい」
 テーブルの端に置いた新聞を見ながらご飯を食べていた父が訊いてくる。
 私は食べるのに忙しい事をアピールするために、ご飯を口に入れて無視をした。
 そこで母が説明していたが、新聞を横目で読んでいたので、どこまで真剣に聞いているのかわからない態度だった。
「金持ちでハンサムで、しかも頭もいいときたら、すごいな。お父さんは別に反対しないよ。真由はしっかりしてる子だから、男を見る目があると信じてるよ」
 一体何を勘違いしているのか。
 それだけ親から信用されて、ボーイフレンドも自由に作っていいという事なのかもしれないが、今の私には全然嬉しくもないお言葉だった。
 適当にご飯を食べて、早めに切り上げた。
「ごちそうさま」
「あら、もういいの? もしかしてダイエット?」
 母が、私の食べ残したおかずを見ていて不満そうだった。
「また、明日食べるから置いといて」
 あんな事があったあとでは、食欲などなかった。
 食べてもどこに入ったか分からないほど気持ちが混乱して胸一杯で苦しかった。
 自分の部屋に行き、何をしたいわけでもなく、ベッドに横たわった。
 静かな部屋に、雨の滴が何かに滴り落ちている音がかすかに聞こえ、流した涙のように悲しく感傷気分でいた。
 何に対してそう思うのか。
 もやもやとした持って行きようのない気持ちが心の中を支配しては、どんどん自己嫌悪を助長していく。
 それこそ、お互いの気持ちをぶつけ合って喧嘩するほどに、もっとすっきりするまで話し合うべきだったのかもしれない。
 瑛太とだったら、きっとそうしていた。
 でも拓登とでは、私は逃げる事を選んでしまった。
 手紙を失くした負い目。
 拓登の失望。
 試されていた悔しさ。
 全てが自分に降りかかって、こんなはずではないと我慢できなくなってしまった。
 拓登の事が好きだから、どこかで隠していたい恥ずかしい気持ちやプライドが、素直になることを邪魔していた。
 拓登も拘って譲れない感情があったように、私も耐え難いほど譲れなかった。
 かすかに、スマホの音楽が聞こえてくる。
 私ははっとして、ベッドから飛び降りて鞄の中をあけた。
 見れば阿部君の番号だった。
 恐る恐る通話ボタンを押してでた「もしもし」は、様子をさぐるような怯えた感じの声になってしまった。
「おっ、真由。やっと通じたか」
「えっ、瑛太? なんで?」
「茂から電話借りたんだよ。まだ茂と一緒にいるんだ」
「三人で何を話してるの?」
「拓登ならすでに帰ってるよ。かなり落ち込んでな。まさかこんなことになるとは思ってなかったから、本人も相当参ってる」
「で、一体なんの用?」
「おいおい、そんなにつっけんどんになるなよ。素直になれよ。そりゃ、俺たちはちょっとはしゃぎすぎたところがあったかもしれないけど、これでも俺は真由の記憶を刺激しようとしてたんだぜ。成りすましたのも、どこまで真由が思い出せるか、ちょっとした賭けだった」
「本当は私が思い出す事を望んでなかったくせに」
「おい、ちょっと待ってくれよ。そりゃ、時々意地の悪い事をしたとは思ってる。でもつい遊び心が出ちまってさ」
「遊び心? それは違う。ただの嫉妬でしょ。そういえば、瑛太は何度も嫉妬とか言ってた意味が、やっとわかった」
「おい、一体何のこといってんだ」
「『艶』」
「はっ? ツヤ?」
「ヒロヤさんのお店のこと。豊かな色は七色でもあり、七色は虹。そして虹はあることのシンボルマーク」
「……」
「ヒロヤさんがゲイなのはもう知ってるんだ」
「真由……」
「別に男が男を好きなことは否定しないよ。好きなんだから仕方ないじゃない。大切な親友だけど、好きでもある。力になりたいけど、邪魔もしたい。そこには葛藤する気持ちがあるんでしょ。瑛太こそ素直になれば?」
「おい、真由」
「別に何も心配しなくていいよ。私は誰にも言わないし、瑛太の事嫌いになったりしないから。却って、瑛太とは何でも話せるいい友達だと思ってるくらいだから」
 私は、少なからず瑛太に八つ当たってるのかもしれない。
 瑛太の秘密の部分を言うことで少しでも有利に立とうと虚勢を張っているように感じてならない。
 何もこんな時に瑛太の性癖の事をいう必要はないのに、どうしてもそれは止まらなかった。
 でも、瑛太も感情的にならずに、私の話を静かに聞いていた。
「そっか、俺、やっぱり拓登の事が好きなのか。そうじゃないかなとは思いつつも、憧れだと思い込んでいた部分があった」
「何よ、それ、今更気がついたの?」
「いや、もっと前から気がついていたよ。小学一年生のときから。でもはっきりといわれたことなかったからさ、初めて強くそういう気持ちになったんだ。お陰で目が覚めたよ。やっぱり俺が一番悪いよな」
「えっ、なんでそうなるのよ。別に瑛太が拓登を好きだからって何も悪いことないから」
「そうかな。真由はこの先許してくれるとは思わないんだけど」
「それって、私達が三角関係になるってこと? しかも拓登を取り合った形で」
「おっ、そう出てくるところをみたら、まゆは拓登を嫌いになった訳じゃないんだ。拓登は終わったって思い込んでるぞ。あいつも頑固なところがあるから、少し歩み寄ってやらないと素直になれないみたいだぜ。こうなったら俺がお詫びに一肌脱ぐしかないな」
「ちょっと何をさっきから一人で話してるのよ。わかんないんだけど」
「明日の朝、そうだな十時くらいに、もう一度神社の境内に来てくれないか」
「えっ?」
「その時、何もかも話すよ」
「まだ、何かあるの?」
「ああ、あるんだよ。きっとそれで、真由と拓登は元に戻るよ。それじゃな」
 瑛太は言うだけ言って、私の返事も聞かずにさっさと切ってしまった。
 いつも強引で、無理やりで振り回してくれる。
 だけど、どんなに腹が立っても、こっちも好きな事が言える分、後腐れなく憎めないから悔しい。
 瑛太ははっきりと自分が拓登を好きだと認めた。
 隠そうともせず、否定もなかったところを見ると、瑛太も私には心を開いているのかもしれない。
 友達と認めてくれているのがなんとなく伝わってきた。
 しかし、明日は何をしようとするのだろうか。
 こうなったら、最後まで付き合ってやるという気持ちが、心を奮い起こさせて少し立ち直ってきた。
 その勢いでお風呂に入りにいった。

 その翌日、私は徒歩で神社に向かった。
 天気は生憎の雨。
 傘を持って自転車に乗れないくらい結構降っていた。
 雨の日は何かと揉め事を運んできてしまうが、それがなんだという気分で私は空から降り落ちる滴を睨んでいた。
 神社に着けば、傘を持った男達がすでに境内の前に立って待っていた。
 暗かった前夜と比べて、はっきりと三人の顔が見える。
 拓登は表情が曇りがちで不安そうに立っている。
 その横で瑛太は余裕を見せ付けるように粋がった笑みを浮かべていた。
 そして阿部君は最後まで見届ける証人のように真面目な顔つきで行く末を窺っていた。
 私は背筋を伸ばして、怯まずにその三人に向かって歩き、一定の距離を保ったところで立ち止まった。
「おはよう」
 私がぶっきら棒に挨拶をすれば、とりあえずは三人が同じように返してくる。
 でも拓登だけは、弱々しい声でいつもの威厳が感じられなかった。
 相当悩んで、困り果てて弱っているという姿だった。
 私に何かを話しかけたそうにしていたが、それを無視して私は瑛太の方に視線を向けた。
「前置きはいいからすぐに話を聞きたいんだけど」
「分かってるって。そう焦りなさんな。拓登も茂もなんでまたここへ呼ばれたか分かってないんだ。今日は俺の個人の用事で来てもらった」
「で、その個人の用事って何?」
「まずはこれを真由に返すよ」
 瑛太はジーンズのお尻のポケットから何かを取り出した。
 それは黄ばんで古びれた紙が四つ下りになっていた。
 私はそれを手にすると、雨の滴が少しかかってちょっと濡れた。
「それさ、本当はむき出しになってなかったけど、それしか残ってなくて、でもそれだけは捨てちゃいけないと思ったから、ずっと持ってたんだ」
 私は傘を肩に持たせかけ、そしてその紙を開いた。
「こ、これは」
 私の目が見開き、そして拓登を見つめてしまった。
 拓登は不思議そうにしていたが、私は手に持っていた紙を拓登に手渡したことで、拓登もはっとして、今度は瑛太を見つめていた。
「真由は拓登の手紙を失くしたんじゃないんだよ。俺が勝手に盗っちまったってこと」
「瑛太、どうして」
 裏切られた失望感に動揺して拓登の瞳が揺れていた。
「ごめん。俺、明確な悪意を持って、それを隠しちまったんだ。拓登がアメリカ行くって聞いてさ、親友の俺よりも真由のことばかり気にかけるから、なんかイライラしてさ」
 瑛太はこの時嫉妬をしていたに違いない。
 まだ子供だったから、なぜそんな気持ちを抱いてしまうのか良くわかってなかったのだろう。
 だから、露骨に拓登が書いた手紙を私から奪ってしまった。
「これでも罪悪感は感じてたんだぜ。でも子供の頃だったし、いくらなんでも時効だろうって思ってた。ところが、まさか昨日あんなことになるとは思わなくて、やっぱりその一番の原因は俺にあるかなって思ったんだ。ごめん」
 子供の頃の話とはいえ、事情が事情だけに拓登にとっては割り切れないものがあるようだった。
 怒るべきなのか、水に流すべきなのか、瞳の位置が定まらずに困惑している。
「なぜ、そんな意地悪をしたんだ、瑛太」
 やはりどこかで悔しい気持ちもあるようだった。
 なぜ瑛太が手紙を隠してしまった本当の理由を知ったら、拓登は納得するだろうか。
 いや、拓登はまさか瑛太が自分に惚れてるなんて思ってもない。
 もし、それが分かったら拓登はもっと困惑するに違いない。
 この場をどうすべきなのか。私は息を吐いて気持ちを整えた。
 それと同時に自然と言葉が口からついた。
「もういいよ。済んでしまったことだし、今更理由なんて聞いても仕方がないと思う。だって小学一年生だよ。この頃の悪意なんて良くあることだと思う。そうだよね、阿部君」
 いきなり話題を振られた阿部君は慌てるも、一応は「そ、そうだね」と同意してくれた。
 阿部君にとったら傍観者なので、ここは話を聞くことで精一杯だったに違いない。
 私は、拓登に渡した手紙をもう一度返してもらって、そして何度も読んだ。
「これ、すごく読みたかったんだ。やっと読めて嬉しい。拓登、会いに来てくれてありがとう。拓登とまた会えたことが嬉しい。昨日は感情的になってごめん」
 小さかった頃の懐かしい思いが私の胸に広がっていく。拓登がなぜこの手紙に拘ってしまったのか考えれば、今なら素直に受け入れられる。
 ふたりにしかわからない思い出。それを拓登は昨日のことのように共有したかった。離れていた時間を取り戻すためにも。
「真由…… 僕の方こそ、つまらない意地を張ってバカな事をしでかしてごめん。どうしてもあの時の僕を思い出して欲しかったんだ」
「ちゃんと覚えてるよ。オウチ君。私はそう呼んでたから、山之内って名前を聞いてもすぐにピンとこなかったんだ。オウチ君だったらすぐに思い出してたよ。だって大好きだったんだもん」
「真由」
 拓登の顔がぱっと明るくなっていた。
「さあて、盛り上がってきました。さあ、あの時の再現やっちゃおう。拓登、男ならアタックしろよ。好きっていう気持ちを見せ付けてやれ。茂もなんか言えよ」
「ああ、そうだ、拓登、勇気を出せよ」
 この場が和んだことで阿部君も一緒に煽っていた。
「おいおい、ふたりともいい加減にしろよ。いくらなんでもお前達の前でできるわけないだろ」
 迷惑そうでいて、どこか照れたように振舞う拓登。
「それじゃ、俺たち後ろ向いておくよ、なっ、茂」
「ああ」
 瑛太と阿部君がくるりと背を向ければ、傘が代わりにこちらを向いた。
 私と拓登はお互い笑い合っていたが、そのうちどんどん気分が高まった。拓登は自分の持っていた傘をわざと地面に放り投げ、そして私の傘の中に入って顔を近づけてきた。
「これ、犯罪じゃなないよな」
 私は微笑んだままそうじゃないとコクリと頷けば、拓登は優しく私の頬に唇をそっと触れさせた。
 キスというよりも、それは過去の記憶を思い出すためにお互い懐かしい思いを共有させる触れ合いだった。
 あの時の子供の頃の思い出が、鮮明に蘇ると共に、拓登へまた恋をするというドキドキとした気持ちが心地よかった。
 暫くその余韻を楽しんでお互い笑っていた。
「そろそろ、終わったか。まさかディープキスしてるとかじゃないだろうな」
 しびれを切らした瑛太が茶化した。
「それよりももっとすごいことしてるわよ」
 私の言葉に瑛太も阿部君もびっくりして反射で振り返る。
「おいおい、言ってくれるじゃないか。なんか腹立つな、真由は」
 憎らしいと瑛太は憤慨した態度をみせるが、目は笑っていた。
「はいはい、どんどん腹立てて下さいな。受けて立ちますから」
「おっ、やる気だな。じゃあとことん真由と拓登の邪魔させてもらうぜ」
「いいよ、別に。私も負けないから。私は卑怯な手はつかわないから、安心して邪魔して頂戴。瑛太にとっても拓登は大切な親友だからね」
 瑛太は一瞬目を見開いてはっとする。その後は生意気に笑って私を見ていた。
 多分これで通じたと思う。
 瑛太なら、拓登を共有してもいい。
 こんな三角関係も面白いかもしれない。
「なんかさ、これって典型的な雨降って地固まるって奴じゃないのかな」
 阿部君が降り注ぐ雨を見上げながら笑っていた。
「いや、これはすべてを雨に流して嫌なことは忘れようってことなのさ」
 瑛太は傘を頭上からずらして雨を受けていた。
 私も見上げれば、そこには無数の雨の滴が沢山落ちてくる。
「西の空がなんだか明るくなってきたようだ」
 拓登が雨を押しのけるように自分の腕を伸ばして傘を高く持ち上げた。
「晴れるといいね」
 私はポツリとつぶやく。
「そうしたら虹がでてくるかもな」
 瑛太がニヤッと意味ありげに私に微笑んだ。
 瑛太も私には隠す必要がないことで生き生きしている。
 またそれはそれで大変な状況なのかもしれないが、私にとっても瑛太は大切な友達であることには変わらない。
 雨の滴はやがて出てくる太陽の光を浴びて艶やかな色に変化することだろう。
 やっと全てが落ち着いて、穏やかな気持ちになった。
「なんか腹が減った。俺、朝食べてないんだ。みんなで飯食いに行こう。拓登のおごりで」
「おい、なんでそこで僕のおごりになるんだよ」
 拓登は拒否する。
「じゃあ、茂のおごりで」
「はっ? どうして僕が。それを言うなら瑛太のおごりだろうが」
 阿部君も呆れていた。
「俺、金欠だから。そしたら、ここは真由かな」
 そうくると思ったけど、私も遠慮なくムッとした態度を瑛太に向けた。
「なんで、私なのよ。お金持たずにきちゃったわよ」
「げっ、気の利かない女」
「あっ、どうしてそうなるのよ」
 私が瑛太に攻撃をしかけようとすると、瑛太はさっと阿部君の後ろに身を隠す。
「へっへー、ノロマ」
「瑛太!」
 私たちが追いかけっこをしていると、阿部君が見かねて止めに入り、そこで邪魔をされた私はよろめいて阿部君に寄りかかってしまった。
「おい、真由、なんで茂に抱きつくんだよ」
 慌てた拓登が引き離そうとして私の腕を取ろうとすれば、瑛太もドサクサに紛れてそうはさせないと拓登の動きを阻止するように私たちの間に割り込んだ。
 早速私たちの邪魔をし出したようだ。
「真由が誰と抱き合おうといいじゃないか」
 瑛太がからかえば、拓登は納得いかない顔を瑛太に向けた。
「勝手な事を言うな、瑛太。全てはお前が事をややこしくする」
 イラついた拓登は瑛太に殴りかかろうとすれば、また瑛太はそれをかわした。
「なんで俺ばかり責めるんだよ。勝手に茂に抱きついた真由が一番悪い」
「もう、またそこで私のせいにする。瑛太!」
 私も瑛太をとっちめようとすれば、瑛太は阿部君を盾にしてその後ろに隠れた。
「おい、僕を巻き込むのはやめてくれないか」
 阿部君は私と拓登からの攻撃をかわすために瑛太に引っ張りまわされた。
 揉めていたのも束の間、そのうち楽しくなって、私たちは子供の頃に戻ったように無邪気に戯れだす。
 そこには瑛太を責めるという気持ちはとうになくなっていた。
 ただ追いかけて、逃げるという行為が面白く私たちは意味もなく鬼ごっこをしていた。
 そうやってふざけているうちに雨脚が弱まって、空が段々と明るくなってきた。
 この後の連休は晴れるのかもしれない。
 でも別に雨が降っても構わない。
 降ったところでいつかは止むものだ。
 それに拓登と一緒にいれば、湿った天気でも楽しく過ごせそう。
 雨が降れば、ほっぺのキスの事を一緒に思い出し、やがてドキドキに繋がることだろう。
 今はちょっと正直舞い上がってる。
 だって気分が高まって楽しいからついつい羽目を外したくなってしまう。
 それは素直に受け入れ、その一方でここまでの事を振り返る。
 自分を見つめ直すきっかけにもなった一騒動。
 腹を立てたり、意地を張ったりしたけれど、よく事情を知らずに自分よがりになりすぎた。
 時には思うままに感情をぶつけて分かり合うってこともあるけども、もっと落ち着いて考える癖をつけなくっちゃ。
 しっかりしようと思うんだけど、拓登を見るとやっぱり顔が緩んでしまう。
「おい、真由、何をひとりでにやついてるんだよ」
 瑛太がまた私にちょっかいかけてきた。
 この先もきっとそれは変わらずに憎まれ口を叩くのだろう。
「別にいいじゃない。瑛太には関係ないでしょ」
 私は傘を閉じ、それを揺らして雨の滴を瑛太めがけて思いっきり蹴散らした。
 瑛太はそれを笑って受け止めていた。


《了》