アタシたちは再び流山を目指した。そこから先は、さほど長く走らなかった。
 突如。
 ハッとして、沖田さんが足を止めた。腕を広げて、アタシとラフ先生にもストップをかける。
 街道脇の大木の陰から一人、黒っぽい服を着た誰かが刀を手にして現れた。覆面をして、目元しか見えない。
 一瞬の緊張感。
 そしてそれが緩む。
「なんだ、斎藤さんか」
 沖田さんが笑顔になった。斎藤さんは、刀を収めて覆面を外した。目を丸くしている。
「どうして沖田さんがここへ? 体の具合は?」
 大木の陰から、あと二人、見知った人たちが出てきた。
 オーロラカラーのロングヘアを揺らす華奢な戦士と、サラサラの長い銀髪に緑色のローブの魔法使い。
「シャリンさん、ニコルさん! よかった、合流できましたね」
「待ってたわ。ここで両サイドのストーリーが一本になるみたい」
「すみません、お待たせして。先に進めるのが何だか怖くて、ちょっとぐずぐずしちゃったんです」
「わかる気もする。こっちもいろいろ悲惨だったから。ワタシは逆に、AIじゃない人間のユーザに会いたくなって、先へ先へ、ストーリーを走らせてしまった感じ」
「甲陽鎮撫隊、負けたんでしょう? 話はだいたい聞いてきました」
 ニコルさんがあごをつまんで、考える仕草をした。表情が冴えない。
「じゃあ、甲陽鎮撫隊出撃の意図は知ってる? 勝海舟が何を目的に、新撰組を甲州へ送ったのか」
「いいえ、そこまでは調べられませんでした」
「そうだろうね。教えてあげるよ。それとも、一くん、キミが自分で伝える? 永倉新八くんを激怒させた、あの話を」
 斎藤さんは、ポツリと答えた。
「オレが話す」
 ひどく素直で、ひどく無力な声音だった。いつもの斎藤さんと、どこか様子が違う。低く落ち着いているはずの話し方が、今は妙に頼りない。
 シャリンさんはそっぽを向いている。にこやかなはずのニコルさんは厳しげな無表情を貫いている。
 ラフ先生は頭を抱えた。
「やっぱ、そういう流れか」
 アタシと沖田さんだけ、状況がわからずに、戸惑いながら斎藤さんの言葉を待っている。斎藤さんはそれでも、迷うように沈黙していた。アタシは焦れた。
「斎藤さん、話してもらえますか?」
 観念するように、斎藤さんは目を伏せた。
「オレは、勝海舟に情報を通じていた。ずっと昔から、オレたちが京に入るより以前からだ。勝にとって、オレも新撰組も、放し飼いの犬のようなものだった。いつか使い捨てるためのコマに過ぎなかった」
「勝海舟さんの、捨てゴマ? 勝さんは何のために斎藤さんを動かしているんですか?」
「勝の目的は、簡単に言えば、日本人同士の争いを避けることだ」
「新撰組が倒幕派と戦うようなことは、勝海舟さんは避けたかったんですか?」
「あれは勝にとって戦闘のうちに入っていない。もっと規模の大きな争いを回避するために、小競り合い程度は黙認していた」
「小競り合いっていっても、命懸けでしたよ?」
「鳥羽伏見の戦いのような大戦闘を、江戸に持ち込ませないこと。勝の頭にあるのは、そういう規模の話だ。日本全土でああいう大戦闘が立て続けに起こったら、軍事力を持つ欧米諸国に、日本という国はたやすく奪われてしまう」