「壮悟くん」
「何だよ?」
 どうして誠狼異聞を書いたんですか、と訊こうとして、まだ早いと気付いた。訊くのは、クリアしてからだ。あたしは代わりに別のことを訊いた。
「新撰組、好きなんですか?」
 すぐには答えが返らなかった。考えるような沈黙。それから、壮悟くんは答えた。
「妹が、新撰組を好きなんだ。二つ下の妹が、マンガか何かの影響らしいけど、小学生のころから幕末好きで、特に新撰組のファンで」
「じゃあ、妹さんのために?」
「違う、全然違う。シナリオの題材に新撰組を選んだのは、妹はどうでもいい。新撰組ならウケがいいって思ったからだ」
「妹さん、お見舞いに来られたりしますか?」
「無理だよ。おれの実家、ここからだいぶ遠い。あのシナリオの舞台にしたあたり。だから、地理に関してはやりかった」
 ふぅっと、壮悟くんは息をついた。めちゃくちゃな行動をとる理由って、家から離れている寂しさもあるのかな?
「たくさん調べて書いたんでしょう? 幕末の歴史、あたしの知らないことだらけです」
「調べたよ、もちろん。でも、史実どおりじゃないところもある。バトルは当然だけど、それ以外にも。例えば言葉遣い。沖田が『ボク』や『キミ』を使うわけがない」
「え、そうなんですか? ボクって言うキャラクターとしての雰囲気、すごくいいのに」
「ボクとかキミとか使ってたのは、沖田たちの敵、長州の連中だよ。吉田松陰《よしだ・しょういん》が使い出して、松陰の弟子たちが真似した。身内感覚っていうか、仲間意識の象徴として」
「じゃあ、史実の沖田さんはどんな言葉遣いだったんですか?」
「江戸っ子の貧乏武士だろ。べらんめえ口調で、けっこう荒っぽかったはずだ。巻き舌で、オレぁアンタたちにゃ負けねぇよ、とか、そんな感じ。当時はみんなお国言葉、方言がきつかったから、ちょっとしゃべるだけで、敵か味方かわかったはずだ」
「な、なるほど」
「シナリオ上の出会いがしらのシーンも、ゲームとしての演出を優先してる」
 壮悟くんはスッと息を吸って、凛と張りのある声でセリフを吐いた。
『えっ、嘘。まさか待ち伏せかい? キミたち、倒幕の連中の仲間?』
『不審なやつ。治安を乱すのが目的なら容赦はしない』
 ……もしかして、壮悟くんって、めちゃくちゃ記憶力がいいタイプですか? 書いたシナリオ、隅から隅まで覚えているの?
 壮悟くんは平然として説明を加えた。
「あの時期、新撰組は、だんだら模様の羽織を着てた。よく目立つトレードマークだ。それを見て歯向かってくるやつは、斬るか捕縛して拷問。逃げ出すやつは怪しいから、とりあえず捕縛して尋問して、長州弁だったら拷問」
「そうだったんですね。拷問って過激……」
「まあ、誠狼異聞はゲームだ。史実そのままじゃなくていい。わかりやすさが最優先だから、いろいろ都合のいいようにアレンジしてる」
 シナリオの裏話を聞くなんて初めてだ。あたしは感心してしまった。
「ずいぶんたくさんのことを調べて考えて、書いているんですね。あたし、調べ方もわかりません。ましてや、そんなに覚えられるはずもなくて。壮悟くん、すごいです」
「おれは記憶力がいいんだ。特に、文脈を覚えるのは得意で、丸暗記もそれなりにできるし」
 壮悟くんが急に、ウッ、と声を詰まらせた。大きな手で口を覆ったと思うと、吐き気に抗う様子で、背中を波打たせる。
「ど、どうしたんですか?」
 訊くまでもなかった。壮悟くんは嘔吐した。泡立った胃液と胆汁が人工芝の上に飛び散る。
「……くそ、昼飯はさっき全部吐いたから、もう落ち着いたと思ったのに」
「吐いたんですか? えっ、ど、どうしましょう」
「副作用で……あぁ、気持ち悪ぃ。こうなるから、どうせ吐くんだから、食いたくねぇんだよ。うっ……」
 吐けるものがもうないんだろう。でも、吐き気が止まらないらしい。壮悟くんはいつの間にかブランコから落ちて、四つん這いになって苦しんでいる。
 あたしはおろおろしながら、壮悟くんの背中をさすった。やせた体に、小刻みな震えが繰り返し走っている。
 壮悟くんは息を切らしながら、あたしの手をそっと振り払った。
「いい……誰か呼んできて。熱が上がりそう。たぶん、おれ、すぐ目回して倒れるから、人を……」
「わ、わかりました」
 あたしは慌てて立ち上がった。