壮悟くんが、押し殺した声を出した。
「何度言えばわかるんだよ? おれは待ちたくないって言ってんだ」
 壮悟くんがこぶしを固めているのが見えた。麗先生は、一言一言、噛みしめるように告げる。
「体への負担を考慮しているの。それに、今回のケースは再発。ほかの場所への転移が本当にないかどうか、慎重に見極めながら、治療を進めていかないといけない」
 壮悟くんが足を踏み鳴らした。廊下に音が響く。
「ふざけんなよ。イライラすんだよ。ちんたらすんのは嫌いだ。副作用がどんだけあったっていい。さっさと終わらせろよ。さっさと治せよ!」
「無理。だいたい、それをわたしに言って、どうするの? わたしは抗がん治療の担当医じゃないわ。現段階の治療のこと、口出しできない」
「口出しできない? マジかよ? おれの腕に針刺す権利はあるのに? おれの細胞、試験管の中でいじる権利まであるのに?」
「できない」
 壮悟くんは麗先生に詰め寄った。
「誰に言っても同じなんだよ! 自分の一存じゃ決められないって、そればっかりだ。グズグズしてんじゃねぇよ。手っ取り早く治してみせろよ。国内で最高の病院なんだろ? 不治の病まで治す、奇跡の病院なんだろ?」
 後ろ姿の麗先生はかぶりを振った。苦しそうに肩が上下した。何かを言いたそうな空白があった。けれど、絞り出された言葉は、ほんの一声。
「……焦らないで」
 壮悟くんが一瞬、チラッと目を上げた。朝綺先生に気付いて、あたしに気付いて。壮悟くんは再び、麗先生をにらんだ。
「魔女のくせに良識派ぶるなよ。医療用万能細胞を操って、死という運命に介入できる、恋人さえ人体実験の材料にするってさ、ほんと、魔女だよな」
「な……わ、わた、しは……」
「何でもできるんだろ? 技術も発言力もあんたにはある。そのチカラ、さっさと使えよ。おれは待ってられないんだよ!」
 不安なのか、恐怖なのか。壮悟くんを追い詰めているのは、何なのか。
 麗先生がポツポツと、苦しそうな呼吸を挟みながら。途切れがちにゆっくりと言う。
「勘違い、してる。魔女かもしれない。でも……わたしには、できないの。チカラは限定的で。魔女でもいいの。救いたい命があった……あの人は特別。必ず、だけど、壮悟も救うから。絶対。わたしにできることは、全部、やるから」
 壮悟くんが、こぶしで自分の太ももを打った。
「そんなごまかしみたいな言葉が聞きたいわけじゃない! 今すぐおれを治せって言ってんだよ。ダラダラ時間かけて金かけて、何やってんだ? そんなことしてる余裕はないんだよ!」
「……事情は、知ってるわ。わかってる。だけど……」
「わかってない、あんたら全員わかってない! 親にも借金させて、妹もいろいろ我慢して、おれはもうこれ以上、ダラダラ入院ばっかりで生かされたくなんかねえ。おれがアッサリ死んだほうがマシなんだよ!」
「やめて!」
 麗先生が大きな声を出した。壮悟くんはそっぽを向いた。
「……んだよ?」
「やめなさい。死にたくないくせに」
「別に、死んだってかまわない」
「嘘。あんたの言葉……あんたの物語が、本当。命の意味を探してる。書きたいもの、あるんでしょ? 死んでどうするの」