院内学園の授業中、このところ、全然集中できずにいる。苦手な数学が、ますます解けない。でも、朝綺先生のところへ質問に行けない。
 通信制高校にも当然、試験がある。課題の提出は必須だ。今月の提出期限が迫ってきていて、このままだと、ちょっとまずい。
 悶々としていたら、あっという間に、もう終業の時間だ。理生くんが心配してくれた。
「優歌ちゃん、どうしたの? 算数、難しそうだね」
 算数なんていうかわいらしいものではないのです。微分積分っていう悪魔は。
「どうやっても解けないんです」
「朝綺先生に訊いたら?」
「うん……」
「優歌ちゃん、朝綺先生とケンカ中?」
「えっ?」
「朝綺先生が困ってた。優歌ちゃんのこと怒らせたかもって。でも心当たりがないって言ってたよ」
 びっくりした。朝綺先生、気にしてくれていたんだ。何だか申し訳ない。あたしを怒らせただなんて。そうじゃないのに。
「ゴメンね、理生くん。心配かけちゃいましたね。ケンカしているわけじゃないですよ。何でもないんです」
「ほんとに?」
「うん、大丈夫だから。朝綺先生にも、ちゃんと話してきます」
 理生くんはニコッとした。
「じゃあ、よかった。算数の問題、解けたらいいね。ほら、朝綺先生、行っちゃうよ。追いかけなきゃ」
 笑顔で急かされる。いや、ちょっと待って。まだ心の迷いが……なんて言ってばかりもいられないか。えい、仕方ない。微分積分、解かなきゃ。
「ありがとう、理生くん。行ってきます」
 あたしは手早く片付けをして、朝綺先生の向かっていったほうへ、廊下を早歩きした。
朝綺先生の足取りはゆっくりだ。すぐに追いつけるはず。
 予想どおりだった。廊下の角を曲がったら、いた。朝綺先生だ。立ち止まっている。
 声をかけようと思った。だけど、できなかった。どうして朝綺先生が足を止めたのか、その理由に気が付いて、同じ理由で、あたしも動けなくなる。
 廊下の先、朝綺先生の背中よりも先に、壮悟くんと女の人が向き合っている。白衣をまとった後ろ姿は、麗先生だ。