見たことのない譜面がアタシのスキルウィンドウに表示される。なるほど確かに、規則的な8分音符がずっと続くタイプの譜面だ。リズムキープさえミスらなければ、初見でも怖くない。
 アタシはニコルさんに魔力を送り込む。同じリズム、同じ譜面、同じタイミング。シンクロすればするほどに、ニコルさんの魔法の最大出力を上げられる。
 ニコルさんの杖の先端のキラキラする緑色の珠から、輝きがあふれ出す。泉が湧き出るみたいに、こんこんと。鮮やかに輝く緑色がマーリドを包んでいく。
 “翠綿縛花”
 真綿で締めるような束縛が始まる。譜面が1巡した。ここでフリーハンドにしても束縛は続くけど、ニコルさんは間髪入れず、2巡目の詠唱に入る。束縛魔法の重ねがけで、マーリドの自由を確実に奪う。
 マーリドがうなる。
「生意、気、な……!」
 束縛できてる。巨大な体がわなわなしてるのは、魔力がちょうど拮抗してるんだと思う。アタシもニコルさんも身動きすら捨てて、スタミナもヒットポイントも全部注ぎ込んで、魔力に替えている。2人ぶんのフルの魔力で、マーリド1体ぶんってわけ。
 魔力が尽きたら、おしまい。延々と続く譜面をミスっても、おしまい。
 怖い。緊張してる。なのに、アタシは冷静だ。だって、自分の役割がわかってるから。役割を与えてもらえたことが嬉しいから。
 届け、アタシの願い。ルラの魔力と一緒に、ニコルさんに届け。風坂先生の心に届け。あたしは風坂先生と同じ気持ちです。大切な人が生きるのを、精いっぱい手伝いたい。
 朝綺さんの魂、こんなところで消滅させたりなんかしない!
「シャリンさん、どれくらいかかりますか?」
「今……ああ、読めた。マーリドを構成してる言語、アルゴリズムはたいしたことないわ。さほどかからない……パスを解読。別のデータ群と接触。これがオゴデイね。解析を……邪魔、マーリドが邪魔。やっぱり、分離より破壊が先」
 シャリンさんは複雑なことを口ずさみ続ける。
「何よ、これ? 意外とパターンが……いくつあるのよ? ……変数、多すぎ……あぁ」
 イライラと尖った声。このネットワークの向こう側で、シャリンさんである麗さんは、どんな戦いを展開しているんだろう? 想像もつかない。
 固唾を呑むアタシを、不意にシャリンさんが呼んだ。
「ルラ! それとニコルも。サブスキル使う余裕ある?」
「あ、はい、一応」
「ボクもどうにかなる」
「2人とも、弱い攻撃でいいから、一定のリズムでマーリドにぶつけて。アイツの反応パターンが一定化されたら助かる」
「わかりました!」
「了解」
 右手でニコルさんへの魔力注入をこなす。左手でサブスキルのウィンドウを開く。単調で低級なサブスキルの譜面を、メインの魔力注入の譜面に重ねる。
 最初に覚えたスキルは、ほんとにシンプルな呪文だった。威力もヨワヨワで、野宿の薪の着火用にしか使ってなかったけど。
 “チロチロ火の粉!”
 クリティカルなタイミング、メトロノームみたいに正確なリズムで、ちっちゃい火の粉を飛ばす。すぽすぽすぽすぽ、気の抜けた効果音。これ以上ないくらいのPFCは、ニコルさんの葉っぱの手裏剣と、完璧なコンビネーションを作り上げる。
「いいわ、その調子よ。パルスが一定になった……いける。変数の値がわかった。ただの四次関数……解けた! 見える。これなら問題ない……読めた、次のパス……」