廊下に出ると、病室のドアはピタッと閉ざされた。風坂先生は盛大にため息をついた。あたしのせいだよね。
「あの、風坂先生。いろいろ、すみません」
「いや、こちらこそ。何から何まで巻き込んでしまって、ごめんね。とりあえず、こっちだよ」
 風坂先生は廊下を歩き出した。
 来たときには気付かなかったけど、ここ、病棟じゃないみたい。明かりのついてる部屋がけっこうあって、その全部に研究室や実験室って表札が出ている。つまり、ここは研究所の中なんだ。朝綺さんの病室も、ほんとは病室じゃなくて、実験室の1つなのかな。
 麗さんの仮眠室は、1つ下のフロアにあった。簡易ベッドとソファと小さなテーブルがあるだけ。スーツケースが半開きになってて、服がのぞいてる。
 風坂先生はスーツケースを閉じてソファに座った。長い脚を組んでそっぽを向いて、しかもうつむきがちなせいで、癖っぽい前髪がメガネにかかってる。
 なんというか。
 普段の風坂先生とは様子が違う。いつもはまっすぐ顔を上げて、メガネの奥から優しい目で相手を見る。なのに今は表情を見せてくれなくて。
 とはいえ、あたしたって普段のままじゃいられない。狭い仮眠室に風坂先生と2人きり。心臓の音、聞こえちゃうんじゃない?
 風坂先生が髪をくしゃくしゃに掻き回した。ああぁぁっ、と、うめくような声を上げて、メガネを外してテーブルの上に投げ出した。
「ごめん、笑音さん。ぼく、年甲斐もなくうろたえてる」
「は、はい?」
 うろたえる? 何で?
「いかがわしいことはしないよ。絶対に。誓っていい」
「ま、まあ、そりゃそうでしょうけど」
「麗以外の女の子と接する機会、ないんだ。彼女がいたのも学生時代で、だからつまり10年前。同じ空間の中に女の子がいるっていう状況……いや、ぼくみたいなのが同じ空間にいて、ごめん。2メートル向こうに男が寝てるって気持ち悪いよね? ほんと、申し訳ない」
「気持ち悪いなんて全然そんなことはないので、はい」
 あたしはまじまじと風坂先生を見た。メガネかけてない顔は初めてだ。でも、そっか。メガネをかけてなかったら、完全にニコルさんだ。
 風坂先生がかけてるのは度の強い近眼用のメガネだから、目が奥に引っ込んで見える。おかげで緩やかな雰囲気になるんだけど、風坂先生の目は、本当はキッパリ大きくて、鋭いくらいの切れ長な形だ。鼻筋のラインもシャープで、すごくキレイ。
 ごめんなさい、やっぱ見惚れます。メガネかけてないから、気付かないよね? 思う存分、見惚れちゃっていいですか?
 カッコいいし声もステキすぎるのに、彼女いないって信じられない。あたしなんかに遠慮しまくるくらい女の子に慣れてないなんて、どれだけギャップ萌えさせる気ですか?
「先生、あたしは平気なんで、気に病まないでください。無理言って泊めてもらって、すみません。ありがとうございます」