ジョチさんがクールな口調で言った。
「では、推薦すればよいのだな。王位を継ぐにふさわしいのは、兄弟のうちの誰なのか。オレは、オゴデイがよいと思う」
 オゴデイくんがビクッとした。鳥肌でも立ったみたいに、灰色の毛並みが逆立つ。
「じ、ジョチにいさん、何を……?」
 チャガタイさんが豪快に笑って、オゴデイくんをビシッと指差した。
「生まれて初めて、兄上と意見が一致したようだ。オレもオゴデイを推そうと思っていた」
「ち、チャガタイにいさんまで」
 トルイくんも尻尾をパタパタさせた。
「オレも賛成♪ オゴデイにいさんにお願いしたいな」
「ど、どうして?」
「どうしてって、自分じゃわかんないかな? まあ、オゴデイにいさんは地味で影が薄いもんね」
「そうだ。オレは、王の器ではない」
「ジョチにいさんは蒼狼族一の優秀な戦士で、チャガタイにいさんほど勇猛な人はいない。オレはこのとおり愛されキャラだよね♪ でもさ、オゴデイにいさんはいつも面倒な仕事を引き受けてくれるでしょ? それってけっこうすごいことなんだよ」
「面倒な仕事?」
 チャガタイさんが話を引き継ぐ。
「兄上が暗く引きこもるたび、声をかけるのは誰だ? トルイのワガママが過ぎるとき、たしなめるのは誰だ? オレも借りがあるよな。熱くなりすぎて、部下に負担を強いていると気付かなかった。オゴデイが止めてくれたんだ」
 ジョチさんが少し皮肉っぽく笑った。
「チャガタイの暑苦しさを冷ますなど、至難の業。しかし、オゴデイにとってはたやすいことだろう? オゴデイは、誰とでも自然に接することができる。オゴデイの前では、人の和が保たれる。王として、他に代えがたい才能だ」
 言われてみれば、そうかもしれない。オゴデイくんがすべてのミッションに登場した理由。連絡役として、あちこち飛び回る理由。それは、兄弟の誰とでも仲がいいから。
 チンギスさんが息子たちの意見をまとめた。
「では、ジョチ、チャガタイ、トルイ。オマエたちは皆、オゴデイを次代の王に推すのだな?」
「ま、待ってください、父上。オレは決して、王の器などでは……」
 オゴデイくんの声が震えてた。灰色っぽい毛並みの全身も、カタカタ震えてる。見開かれたブルーの目が、おびえるみたいに揺れた。
「オゴデイにいさん、いつもみたいに引き受けてよー。王さまになるなんて面倒事は任せるよー?」
「と、トルイは黙ってて」
「あー、オゴデイにいさんがいじめるー。年上権力を振りかざすー。父上、オゴデイにいさんのこと叱ってー」
 白い鹿さん風のボルテさんがトルイくんをたしなめた。ママに叱られたトルイくんは、ペロッと舌を出す。
 チンギスさんはオゴデイくんをまっすぐに見つめた。
「引き受けてはくれぬか、オゴデイ?」
「ですが、オレは何も持っていない。ジョチにいさんの俊才も、チャガタイにいさんの勇猛も、トルイの人望も、オレには何もないんです」
 オゴデイくんはうつむいた。たてがみみたいな前髪みたいなのが長すぎて、顔が隠れてしまう。オゴデイくんが何を思ってるのか、見えない。
 チンギスさんがもう1度、オゴデイくんを呼んだ。おなかに響く、どっしりと力強い声で。
「オゴデイ、我が息子よ」
 沈黙。
 オゴデイくんはうつむいたまま頭を下げて、パッと駆け出した。
「ちょっ……!」
 出入口にいちばん近いアタシが突きのけられる。オゴデイくんはゲルを飛び出していった。シャリンさんが舌打ちした。
「どうしてルラなのよ!?」
「す、スミマセン」
「謝らなくていいわ。オゴデイを追い掛けましょ。そういうストーリーなんだろうし」
 シャリンさんの言葉に、トルイくんが反応した。
「うん、追い掛けてもらえる? 実はオゴデイにいさんって足が速いんだ。本気出されたら、オレじゃ追いつけなくてさ」
 シャリンさんがため息をついた。すれ違ったり逃げられたり、そんな話の流ればっかりだ。