ジョチさんのゲルを出た瞬間だった。シャリンさんがチャガタイさんの尻尾をつかんだ。
「チャガタイ、教えなさい! ジョチって、何者なの!?」
 本気で切羽詰まった口調だ。ニコルさんが、ハッと息を呑んだ。
「シャリン、もしかして今、ラフがいたのか?」
「いたわ。『ジョチの帳幕《ゲル》』ってフィールドにいる間、ずっとデータが乱れ続けていた」
「じゃあ、今すぐゲルに戻ろう!」
「無駄よ。ワタシが何もしなかったと思うの? 今使ってるPCのスペックで可能な限りのことをしたけど、ラフをつかまえられなかった。専用のプログラムを構築する必要があるわ」
 チャガタイさんが腰に手を当てた。
「話は済んだか? 兄上のことを話してほしいのか?」
 シャリンさんが答えた。
「ええ、ジョチのことを話して。ラフをつかまえるときのヒントになるかもしれないから。チンギスの4兄弟の中でも、なぜジョチのデータがチャガタイやトルイより大きいのか」
 チャガタイさんは鼻を鳴らした。
「兄上は異質だからな。『ジョチ』という名の由来がわかるか?」
 アタシはそんなの知るわけなくて、ニコルさんを見上げた。緑の目が知的に微笑んだ。
「蒼狼族の言葉で『客人』という意味だよね、チャガタイ?」
「ほう、異世界の賢者は何でも知っているんだな。正解だ。兄上は『客人』と名付けられた。なぜなら、兄上は父上の血を引いていないからな」
 うん、さっきも言ってたけど。
「どういう事情なんですか?」
「母上は、父上に嫁いで間もないころ、敵対する部族の男たちに誘拐された。父上は母上を取り返すことに成功したが、むろん、その……言いづらいことが母上の身に起きていたわけだ。だから、兄上が誰の血を引いているのか、ハッキリしない」
「でも、チンギスさんはボルテさんを大事にしてるし、ジョチさんのことも長男と認めてるんでしょう?」
「オレは、あんな頑固で冷たい男など、兄と認めてないがな!」
「それ、個人的に相性悪いだけでしょ!?」
 なるほどって感じ。ジョチさんの絶対的なクールさは、生い立ちのせいなんだ。自分が何者なのか、わからない。その上、弟からも「認めない」なんて言われちゃってさ。
 シャリンさんがニコルさんをにらんだ。アバターの表情は変わってないけど、雰囲気的に、にらんだ気がした。
「ニコル、どうしてジョチの名前の由来を知ってるの?」
 うん、アタシもそれ思った。なんで?
 ニコルさんは、ピンと人差し指を立ててみせた。
「史実だからね。サロール・タルのストーリーは『蒼き狼』の実際の歴史に忠実だよ」
「じゃあ、ニコルさんには、このミッションのボスも想像ついてます?」
「どうだろう? 本当に史実どおりなら、ホラズム国の誰かだろうけど」