「ですが、ジョチにいさん、ウルゲンチを本当に信用できますか?」
 消え入りそうな声が聞こえた。キョロキョロしたら、ラフさんの体の向こうに、彼が立ってた。灰色っぽい毛並みの、あー、名前覚えにくいんだけど、あの子。
 チャガタイさんがジョチさんをつかんだまま、びっくりした。
「なんだ、オゴデイ、いたのか!」
「最初からいましたが……」
 そうだっけ? 全然、見えてなかった。ジョチさんの冷たい美しさとチャガタイさんの熱苦しさに隠れてたよ。シャリンさんがひどいことを言った。
「その灰色、キャラ薄すぎるんだから、3兄弟にすればいいのに」
 ジョチさんが話を本筋に戻した。
「ウルゲンチの連中を闇雲に信用しているわけではない。期日を定めて、降伏を促している。オレの出した条件に従わないなら攻める」
「だから、兄上! それじゃ遅すぎると言ってるんだ!」
「オレは約束を違えたくない。すでにウルゲンチに通知を出している。その期日までは交渉を続ける。誰が相手であれ、筋は通すべきだろう?」
「ああ、通すべきだ。オレが思うに、兄上は最初から間違っていたんだよ。交渉使節がオトラルの二の舞にならなきゃいいがな!」
 聞き慣れない名前が出てきた。
「オトラルって何?」
 首をかしげるアタシに、オゴデイくんが反応した。
「オトラルは、町の名です。この戦の原因となった事件が起こった町が、オトラルです。事情をご説明します」
 蒼狼族のチンギスさんは以前、隣国ホラズムに使節を送った。「国交を開いて貿易をしないか?」とうかがいを立てる友好使節だ。実際に貿易する場合の商品も使節に持たせた。
 使節がホラズム国のオトラルって町に滞在してたときだった。ホラズム軍が突如、使節をとらえて処刑したんだ。国交樹立を待ち望むチンギスさんのもとへ、使節の首と一緒に、ホラズム王から返事が届いた。
 未開な蒼狼族が、どのツラを下げて我が国土に踏み入るか?
「我ら蒼狼族に対する評価は、どの国へ使節を送っても同じです。蛮族扱いをされます。確かに、我らは文字も科学も持ちません。でも、だからこそ、優れたすべてを受け入れたい。多くの国と交わりを持ちたいと望むのです。説明、おわかりいただけましたか?」
「うん、よくわかった。影は薄いけど、ナレーターとして優秀だね、オゴデイくん」
 ホラズム国は最初から蒼狼族を見下してる。だから、誰が蛮族に頭を下げるもんかってことで、降伏を求める交渉がまとまらない。結局、交渉が無駄になって攻め入ることになるんなら、最初から突撃すればいい。そういう状況なんだ。
 チャガタイさんは至近距離でジョチさんをにらんだ。
「父上に報告しておこう。兄上が怖じ気づいて戦わないからウルゲンチを落とせない、とな。また父上の不興を買ってしまうぞ。まあ、兄上には、父上のお気持ちなんて関係ないか。何せ父上の血を引いてないんだからな!」
 兄弟仲が悪いのって、そういう理由?
 ジョチさんは、すぅっと目を細めた。
「言いたいことは、それだけか?」
「兄上こそ、言い訳しておかなくていいのか?」
 チャガタイさんはジョチさんを突き放した。オゴデイさんが2人の間に入って、ささやくように告げた。
「まもなく、物資の補給部隊が到着します。護衛に行ったほうがよいと思います」
 チャガタイさんが、きびすを返した。
「オレが行ってこよう。ルラ、オマエもついて来い」
 チャガタイさんの大きな手が、アタシの手首をつかんで引っ張った。
「ご、強引……」
 でも強引なのも微妙に胸キュンかも、とか呑気なこと思っちゃってスミマセン。