「初生、戻ろっか」
 こくっとうなずいた初生は、そのままうつむいた。看護科の教室のほうへ歩き出しながら、ぽつんと言う。
「えみちゃんは、ずるい……」
 初生は、黒いロングヘアに顔を隠してる。耳だけが髪の隙間からのぞいてて、まだ顔が赤いのがわかる。
「ずるいって何が?」
「甲斐くんが家族で、ずるい。お弁当、届けたり、しゃべったり……ほっぺたに、さわったり。えみちゃん、ずるいよ」
 廊下のざわざわが一瞬で遠ざかった。思わず立ち止まる。初生も足を止めた。いくらあたしが間抜けでも、さすがにわかった。
「初生……瞬一のこと、好きなの?」
 顔を上げずに、初生はうなずいた。何だこれ、めっちゃかわいい! 瞬一が初生にこんな仕草させるの? 瞬一、ずるくない?
 じゃなくて。
「そうだったんだ。気付かなかったよー。あたしばっかり風坂先生のこと語っちゃって、初生の話を聞いたことなくて、ごめんね?」
 初生がかぶりを振った。サラサラの髪が揺れる。
「わたし、全然、何も言えなくて。えみちゃんに、隠し事したくはないんだけど」
 誰かが瞬一のことを好きだって噂はけっこう聞く。瞬一が告白されたとか、あたしが瞬一への手紙を仲介するとか、そういうのもよくある。この間も登校中に告白シーンを目撃した。
 でも、全部が一方通行だ。瞬一が誰かに恋してるという話は1つもない。小学校のころから一緒だけど、ほんとに聞かない。
 ストイックっていうか、精神的引きこもり。勉強熱心なのはすごいけど、もうちょっと余裕を持つほうがいいと思う。ポキッて行っちゃいそうだもん。
「その点、初生だったらピッタリだね。瞬一にピッタリだよ!」
「えっ?」
「初生は優しいからさ、ピリピリした瞬一のこと、いたわってあげられそう。見た目的にもお似合いだし」
「ちょ、ちょっと、えみちゃん、そんなこと……」
 あたしは2人が並んでるところを想像した。むふっ、なんかニヤニヤしちゃう。
「初生、協力するよ。ぜーったい、うまくいくから!」
「え、えみちゃん、声が大きい」
「よーっし、ワクワクしてきた! 放課後、話を聞かせてもらうからねー」
 あたしは初生の手を握って、スキップで教室に帰った。初生と瞬一、あたしがくっつけてあげましょう!