進学クラスの教室は、普通科3クラスを挟んだ向こう側だ。まだ始業前のざわつく廊下を進んでいく。
 あたしは進学クラスのドアを開けた。
「すみませーん、瞬一いるー?」
 秀才の皆さんが、サッと瞬一を指差してくれた。朝っぱらから机にかじりついて勉強してた瞬一は、あたしの顔を見ると、面倒くさそうに立ち上がった。ドアのところまで来て、顔をしかめる。
「学校で話しかけるなって言ってるだろ」
「お、そんな態度とっていいのかなぁ? これ、なーんだ?」
 あたしは瞬一の目の前にお弁当の包みを差し出した。
「届けろなんて頼んでない」
「すなおじゃないなー。ママの料理がいちばん好きって言ってたくせにー」
 瞬一はあたしの手からお弁当を引ったくった。
「食わなかったら、伯母さんに申し訳ないからな。泊まり込みのケアの合間に、わざわざ料理を作りに帰ってきてくれてるんだし」
「そーいうこと。あたしが作れたら、いちばんいいんだけどね」
「やめろ。殺す気か」
 ふと、初生が小さな声をあげた。
「あっ」
 あたしは振り返って、瞬一も初生を見た。初生が、かぁっと赤くなる。慣れない人の前だと、すぐ赤面するんだ。あたしのことは平気だけど、今は瞬一がいるもんね。
「どうかしたの、初生?」
「あ、あの……か、甲斐くん、の、頬に……」
「瞬一のほっぺた?」
 初生が、こくこくとうなずく。あたしは瞬一の顔を見た。あ、なるほど。右のほっぺたにまつげがくっついてる。瞬一って、うらやましいほどまつげが長いんだよね。
「瞬一、ちょっと動かないでね」
 あたしは瞬一の顔に手を伸ばした。瞬一がビクッとする。野生動物的な怖がり方。いじめないってば。あたしは瞬一のほっぺたからまつげを取って、ほれ、と見せてあげる。
「なっ……ば、バカっ!」
 瞬一が怒って赤くなった。瞬一も初生同様、けっこう赤面しやすいんだ。最近はクールになっちゃって、めったに見られないんだけど。
「そんな怒んないでよ。眉間のしわ、癖になっちゃうよー」
「おまえみたいにいつもヘラヘラしてられるかよっ」
「ヘラヘラ? にこにこって言ってくれないー?」
「うるさい。だいたい、学校では話しかけるなって、何回言わせるんだ!」
「はいはい。それじゃあ、これからはお弁当忘れちゃダメだよ?」
 瞬一は、ぷいっと背を向けて、教室へ入っていった。やれやれ。