風坂先生の授業は毎度のことながら、あっという間に終わってしまった。栄養学の授業なんか凶悪に長ったらしいのに。
 あたしはわざとゆっくり、机の上のものを片付ける。
 ノート用の薄型プラスチック製の端末は、クロスで画面を拭いて、角を合わせて畳む。教科書用の端末は、古風なハードタイプのタブレット。あたしが小学校に入学したころ、古い型が流行ったんだ。教科書のほうもクロスで丁寧に拭く。
 必要以上に時間をかけるのは、残ってれば特典があるからなのです。
「授業、わかりにくいところはなかった?」
 帰りがけの風坂先生が訊いてくれるんだ。あたしの席、教室の出入口のそばだから。超ラッキー。席替え、一生なくていいよ。
 にこっと柔らかい笑顔。メガネ越しのまなざしは、この上ない癒やし系。癒やされながらも、めっちゃドキドキするっ。
「だ、大丈夫です、ちゃんとバッチリです!」
「そう言ってもらえると、励まされるよ。話にまとまりがなくなるときがあるなーって自覚してるんだけど、なかなかうまくいかなくて」
「そんなことないですってば! 風坂先生のお話、わかりやすいですよ」
「ありがとう、甲斐さん」
 名前呼ばれた! ただでさえドキドキだった心臓が、これでもかって勢いでダッシュする。その反則ボイスで、もっかい呼ばれたら死ねる。でも呼ばれたい。
「お世辞とかじゃないですからっ。あたし、風坂先生の授業、ほんとにいちばん好きなんです! 現場のこと、きちんと教えてもらえるし、実技、役に立ってるしっ」
「実技が役に立ってる?」
「あー、いえ、あの……と、とにかく、風坂先生の授業、すっごくいいので、自信持ってくださいね。それと、あのそのえっと、風坂先生の声、あたしすごく好きですっ!」
 うわぉ、勢い余って言っちゃった! これってアウト? いや、でも、いま言ったのは風坂先生の「声」限定なの。風坂先生「自身」を好きって言っちゃったわけじゃないの。だからセーフだよね?