村の広場がバトルフィールドだった。
 久々にこんなザコと戦ったわ。感心するくらい弱かった。アタシとラフが強すぎるって説もあるけど?
 三十人全部を倒したら、カイがアタシたちに敬礼した。
「お三方の腕前、しかと拝見した。どうかお力をお貸しいただきたい。もちろん、報酬は用意させていただく。この名もなき村で用意できるものなど、たかが知れているが」
 バトルでは何もしなかったくせに、ニコルが真ん中に立った。
「お引き受けします。この村のトラブルを解決しなきゃ、もとの時代に戻れないんだろうし」
 現実の世界だったら絶対に避けるリスクでも、ゲームの世界だから、むしろ望んで引き受ける。困ってる人がいて、ユーザがそれを助けるヒーローになって、そうやってストーリーは進められていく。
「ピアズの世界は、非現実的にお人好しな展開の話ばっかりよね」
 ラフは、傷のあるほっぺたで笑った。
「古典的なRPGはそういうもんだからな」
「知ってるけど。でも、お人好しすぎるストーリーを演じてると、やっぱり、ときどき違和感を覚えるわ」
「お姫さま、今日、冷めてないか?」
「別に」
 ニコルはおかっぱの銀髪をサラッと揺らして、小首をかしげた。
「先、進めるよ?」
「いいわよ」
 カイの話によると、村は今、危機的状況らしい。
「巫女のヒナがさらわれてしまう。そうなっては、村は道しるべを失うんだ。潮の満ち引きも、天気の移り変わりも、災害の訪れも、巫女なくしてはひとつもわからない」
 アタシたちはヒイアカの呪術で古代に飛ばされてる。フアフアの村はリゾートっぽく、にぎわってた。ネネの里でさえ農業をやってて、暦や文字を持ってた。ここ、「名もなき村」は全然、文化レベルが低い。カロイモやバナナみたいな主食すら見当たらない。
 名もなき村はつねづね、「荒くれ者の海精クーナ」という存在におびやかされてるらしい。
 たとえば、クーナの機嫌が悪いときに村人が漁に出たら、嵐を叩き付けられて、舟をひっくり返される。巫女が禁忌《カプ》だと言い渡した日に海に近付いたら、禁忌《カプ》をおかす者を高波がさらっていく。
 村の巫女である「月の美少女ヒナ」はある日、祈りの庵でおぞましいお告げを受けた。
「次の下弦の月が上るころ、海精クーナが巫女ヒナをイケニエとして連れ去るであろう」
 クーナは、下弦の月の晩には「海に落ちた星のような石」を抱いて、必ず姿を現す。その石っていうのが、つまり、ホクラニのことだ。
 ただでさえ強大なクーナが、下弦の月の晩にはさらに凶暴になる。ホクラニがクーナに神の力を授けるんだ。その力を使って、巫女ヒナにまで手出しようとしてる。
 お告げを聞かされたカイは、我慢の限界だった。クーナ討伐を決めた。
「そういうわけで、オレたちの協力が必要になったってわけか」
「頼む、旅の戦士たちよ。クーナを倒し、ヒナを救いたいんだ」
 必死な顔。まあ、要するに。
「ヒナって子のことが好きなのね?」
「お、オレとヒナは、お、幼なじみなんだ。ヒ、ヒナは巫女で、けがしてはならない存在だから……そ、そう、ヒナは村に必要で、皆に慕われていて……っ」
 ふと、少女が一人、しずしずと歩いてくる。
 青みがかった銀色に輝くストレートヘア。大きな目も、髪と同じ色。月の光にも似た髪と目と対照的に、肌は日に焼けている。不思議な雰囲気の美少女だ。
 華奢な体に白い服を着た彼女は、ふわっと微笑んだ。
「初めまして、旅のおかた。ワタクシはヒナと申します。カイに呼ばれて、こちらへ参りました」
 ラフはノーリアクション。ヒナはキレイな子だけど、胸がないから。
 ニコルが単刀直入に尋ねた。
「アナタはイケニエになるのが怖い?」
 青白いはずのヒナの両目に、真っ青な星がきらめいた。ほっぺたと唇が、ほんのりと染まった。生き生きとして、かわいくなった。
「怖くはありませんわ。ワタクシの身と引き替えに、海精は村の安泰を約束しているのですから」