夜中に雨が降ったみたいだった。朝には、もう空は晴れていた。地面はびしょ濡れだった。学校まで歩く途中、あたしは何度も水たまりを踏んだ。
 今朝は校門のそばに静世がいなかった。ホッとする。
 中庭のバラは、地面に落ちたままだった。雨に濡れて泥まみれだ。
「やっぱり、イヤね」
 ふと、かすかな声が聞こえた。吐息も聞こえた。その呼吸のリズムはせわしなくて、苦しそうで。
 違う。苦しそう、じゃなくて。
 あたしは忍び足で近付いた。
 バラの垣根の小道を外れた場所。イトスギの木立に守られた、鳥カゴの形の藤棚。鳥カゴの中に人影がある。
 あたしは息を呑んだ。足がすくんだ。
 人影は二つある。もつれ合うみたいに、ぴったりと重なっている。
「いけないわ。わたし、これから……」
 女の声が途切れる。
 キス、している。
 そして、別の女の声が応える。
「一校時、空き時間だよね、センセイ?」
「でも……」
「気持ちよさそうな顔してるよ」
「やめて」
「ねえ、センセイの部屋に行こうよ」
「だ、ダメよ、そんな……」
 朝っぱらからなにやってんのよ。
 明精女子学院には女子校ならではの恋愛があるっていう噂は、あたしも知ってた。でも、都市伝説だと思ってた。まさか事実だったなんて。
 抱き合う二人が体勢を変えた。横顔が見えた。
 出来静世と、葉鳴万知。
 背の高い万知が静世に上を向かせて、キスをした。
「信じらんない」
 足がふらついた。あたしは尻もちをつく。放り出したカバンが、音をたてた。
 万知が素早く振り返った。静世がメガネの角度を直した。二人があたしを見た。
 まずい、と思った。
 あたしは立ち上がって駆け出した。一目散に、黒曜館の出入口へ。ドアに飛びつこうとして、足が止まる。
 変なものが落ちている。
 なに、これ?
 匂いがする。血の匂い。腐った匂い。生ゴミみたいな匂い。
 いきなり焦点が合った。あたしは、自分が何を見ているか理解した。
 ネコの死骸。
 あたしは口を押さえて後ずさった。視界の隅に別のものが映った。見たくない。でも、見てしまう。
 一匹だけじゃなかったんだ。
「きゃああああっ!」
 悲鳴が聞こえた。喉が痛んだ。叫んでるのはあたしだ。
 匂い、匂い、匂い。その死が本物である証拠の匂い。
「風坂っ?」
 万知が真っ先に駆けつけた。静世が続く。
 この際、万知でも静世でも、誰でもよかった。あたしは万知の腕にすがりついた。群れになった死骸を指差す。
 万知が息を呑んだ。静世はへたり込んだ。
 死骸は鈴なりになっていた。モクレンの枝には、赤黒く濡れた哀れな毛むくじゃらが、いくつも、いくつも、いくつも。