クラに引き連れられて、アタシたちは、里の奥にある長の家へ向かった。
長の家っていっても、ずいぶん原始的だ。いわゆる、竪穴式住居。
地面を掘って造ったかまどが真ん中にある。丸太の柱と、タケの枠組みと、茅葺きの屋根や壁。窓がないのは悪霊の侵入を防ぐためなんだって、ニコルが知ってた。
クラは、一人暮らしではなかった。がっしりとした体格の男が家の隅で寝ていた。アタシたちの姿を見て、のそりと起き上がる。頭にも腕にも脚にも包帯が巻かれている。大ケガしてるみたい。
「戻りました、とうさま」
クラは男の前にひざまずいた。男はアタシたちに視線を向けた。
「客人か? 旅の戦士どのとお見受けするが。ワシはネネの里の長だ。ケガを負って、体の自由が利かない。話はすべて、ワシの代理を務めるクラから聞いてくれ」
くぐもった声で告げて、男はまた横になった。
アタシたちは、かまどのそばのムシロの上に、輪になって座った。クラがアタシたちに尋ねる。
「まず、何からお話ししましょうか? 順を追って説明しようにも、ワタシ自身、混乱していまして……」
「ニコル、任せるぜ」
「そうね」
「了解。選択肢は三つあるんだけど、最初はやっぱりホクラニの行方について教えてもらいましょーか」
クラは、ひとつ、うなずいた。
「ワタシたちネネの民は、ご覧のとおり、自然任せに生活しています。十七年前、ワタシが生まれた年に、大きな旱魃が起こったそうです。その際、ヒイアカさまはネネの里においでになり、ホクラニに祈りを捧げ、雨乞いの舞を舞ってくださいました」
思わずアタシは口を挟んだ。
「ちょっとちょっと、十七年前から踊り子やってた? ヒイアカはいくつなのよ?」
「さあな? 神の血を引いてるらしいし、そのへんは自由自在なんじゃねえの?」
「実はオバサンってこと?」
「その言い方はねぇだろ」
「クラは十七なら、アタシと一緒だわ」
「お、マジ? 『中の人』の顔が見えないからってサバ読むなよ?」
「読んでないわよ、失礼ね」
ニコルが苦笑いした。控えめなスマイルに、たらりと流れる汗のマーク。
「続き、話してもらっても大丈夫かな?」
「いいわよ」
クラが再び動き出した。
「ヒイアカさまはホクラニをネネの里にお貸しくださいました。ホクラニは、人の願いを叶える貴石です。冷害や虫の害、流行病やモンスターの襲来……里を脅かすことが起こるたび、ワタシたちはホクラニに願いました。ホクラニは願いを聞き入れ、里を救ってくれました」
ニコルが合いの手を入れた。
「それが盗まれたわけなんだよね。いつの出来事?」
「一昨日の晩、つまり十三夜月の晩でした」
「その状況、詳しく聞かせて」
「ホクラニの祠は、里の真ん中にあります。人が寝静まった夜中であっても、番犬たちは起きていたはずです。しかし、祠の番犬も家々の番犬も吠えませんでした。翌朝、気が付いたときには、ホクラニは消えていたのです」
ラフが口を開いた。
「じゃ、番犬をたぶらかしたか眠らせたか。それとも内部者の犯行ってオチかな」
「ワタシたちがお預かりしていたのは、神々《アクア》の星です。神々《アクア》がホヌアの夜に集う望月のころ、最も強い力を発揮します。今宵は、その望月です。ですから、今宵にこそ、ホクラニを盗んだ者はその力を利用しようとするはずだと、ワタシは思っています」
「犯人の手がかりはないのかしら?」
アタシの一言に、クラはハッキリと慌てた。
「こ、心当たりですか……それは、その……」
ホクラニ盗難の情報はこれ以上、聞き出せなかった。
「コイツ、確実に何か知ってるよな」
「そうだね。まあ、次の情報を聞かせてもらおっか。長さんのケガについて、っと」
クラはふるふると頭を振った。気持ちを切り換える仕草みたいだった。
「皆さんはこれまでにモオキハと戦ってこられたでしょう? 大トカゲの姿をしたモンスターです。あの大トカゲのことを、ホヌアの古い言葉でモオキハと呼びます」
「中央台地にゴロゴロいるアイツらのことね。ほんと、ヒットポイント高くて厄介だわ。派手なピンクのと地味な緑のと、二匹連れで出てくるとイヤになる」
「モオキハの繁殖期は、十二年に一度、訪れます。今年がちょうど、そのときに当たります。ですから、オスのモオキハは、メスの気を惹こうとしています。喉元から胸にかけて、鮮やかな色に変化させています」
「ふぅん。色違いがいるのは、そういう理由なのね」
「十二年に一度のこの時期、戦い方を知らない者は里の外へ出ません。若いオスはたいてい、年長のオスとの競争に敗れます。そのような若いはぐれ者は、とても凶暴なのです」
ラフとニコルが顔を見合わせた。
「いやはや、モテない男はつらいよな」
「どこの世界も一緒だね」
アタシはクラの話を先回りした。
「長のケガの原因は、はぐれ者と戦ったせいってわけね」
「先日、里の幼い兄弟が、言い付けに背いて森へ出掛けました。ネネの長である父は彼らを追いました。そして、はぐれ者に襲われた兄弟をかばって……体の強い父ですが、失血がひどく、一時は危なかったのですよ」
「痛ぇ話だな」
「父が言うには、森に居着いてしまったはぐれ者は本当に危険です。モオキハの中でも、最も大きく気性の荒いアリィキハ。あれが里を襲うことがあったら、ワタシたちには、打つ手がありません」
クラの話はここで一段落した。
ニコルはネネの里の買い物事情を尋ねた。
「旅の必要品、買えるの?」
「食品や薬を商う店、腕の立つ整体師の家があります。里の外れには温泉もあります。マップに書き込ませていただきますね」
アタシはちょっとイライラして、ムシロの床を平手で叩いた。
「ホクラニ関係の話は、結局あれだけなの?」
クラはビクッとして目を伏せた。
「……少し、考えをまとめたく存じます。夕刻に再びこちらへおいでください。『あのかた』はおそらく、今宵、動きを起こすはずですから……」
「あのかたって誰よ?」
詰め寄ってみても、クラは黙っていた。
長の家っていっても、ずいぶん原始的だ。いわゆる、竪穴式住居。
地面を掘って造ったかまどが真ん中にある。丸太の柱と、タケの枠組みと、茅葺きの屋根や壁。窓がないのは悪霊の侵入を防ぐためなんだって、ニコルが知ってた。
クラは、一人暮らしではなかった。がっしりとした体格の男が家の隅で寝ていた。アタシたちの姿を見て、のそりと起き上がる。頭にも腕にも脚にも包帯が巻かれている。大ケガしてるみたい。
「戻りました、とうさま」
クラは男の前にひざまずいた。男はアタシたちに視線を向けた。
「客人か? 旅の戦士どのとお見受けするが。ワシはネネの里の長だ。ケガを負って、体の自由が利かない。話はすべて、ワシの代理を務めるクラから聞いてくれ」
くぐもった声で告げて、男はまた横になった。
アタシたちは、かまどのそばのムシロの上に、輪になって座った。クラがアタシたちに尋ねる。
「まず、何からお話ししましょうか? 順を追って説明しようにも、ワタシ自身、混乱していまして……」
「ニコル、任せるぜ」
「そうね」
「了解。選択肢は三つあるんだけど、最初はやっぱりホクラニの行方について教えてもらいましょーか」
クラは、ひとつ、うなずいた。
「ワタシたちネネの民は、ご覧のとおり、自然任せに生活しています。十七年前、ワタシが生まれた年に、大きな旱魃が起こったそうです。その際、ヒイアカさまはネネの里においでになり、ホクラニに祈りを捧げ、雨乞いの舞を舞ってくださいました」
思わずアタシは口を挟んだ。
「ちょっとちょっと、十七年前から踊り子やってた? ヒイアカはいくつなのよ?」
「さあな? 神の血を引いてるらしいし、そのへんは自由自在なんじゃねえの?」
「実はオバサンってこと?」
「その言い方はねぇだろ」
「クラは十七なら、アタシと一緒だわ」
「お、マジ? 『中の人』の顔が見えないからってサバ読むなよ?」
「読んでないわよ、失礼ね」
ニコルが苦笑いした。控えめなスマイルに、たらりと流れる汗のマーク。
「続き、話してもらっても大丈夫かな?」
「いいわよ」
クラが再び動き出した。
「ヒイアカさまはホクラニをネネの里にお貸しくださいました。ホクラニは、人の願いを叶える貴石です。冷害や虫の害、流行病やモンスターの襲来……里を脅かすことが起こるたび、ワタシたちはホクラニに願いました。ホクラニは願いを聞き入れ、里を救ってくれました」
ニコルが合いの手を入れた。
「それが盗まれたわけなんだよね。いつの出来事?」
「一昨日の晩、つまり十三夜月の晩でした」
「その状況、詳しく聞かせて」
「ホクラニの祠は、里の真ん中にあります。人が寝静まった夜中であっても、番犬たちは起きていたはずです。しかし、祠の番犬も家々の番犬も吠えませんでした。翌朝、気が付いたときには、ホクラニは消えていたのです」
ラフが口を開いた。
「じゃ、番犬をたぶらかしたか眠らせたか。それとも内部者の犯行ってオチかな」
「ワタシたちがお預かりしていたのは、神々《アクア》の星です。神々《アクア》がホヌアの夜に集う望月のころ、最も強い力を発揮します。今宵は、その望月です。ですから、今宵にこそ、ホクラニを盗んだ者はその力を利用しようとするはずだと、ワタシは思っています」
「犯人の手がかりはないのかしら?」
アタシの一言に、クラはハッキリと慌てた。
「こ、心当たりですか……それは、その……」
ホクラニ盗難の情報はこれ以上、聞き出せなかった。
「コイツ、確実に何か知ってるよな」
「そうだね。まあ、次の情報を聞かせてもらおっか。長さんのケガについて、っと」
クラはふるふると頭を振った。気持ちを切り換える仕草みたいだった。
「皆さんはこれまでにモオキハと戦ってこられたでしょう? 大トカゲの姿をしたモンスターです。あの大トカゲのことを、ホヌアの古い言葉でモオキハと呼びます」
「中央台地にゴロゴロいるアイツらのことね。ほんと、ヒットポイント高くて厄介だわ。派手なピンクのと地味な緑のと、二匹連れで出てくるとイヤになる」
「モオキハの繁殖期は、十二年に一度、訪れます。今年がちょうど、そのときに当たります。ですから、オスのモオキハは、メスの気を惹こうとしています。喉元から胸にかけて、鮮やかな色に変化させています」
「ふぅん。色違いがいるのは、そういう理由なのね」
「十二年に一度のこの時期、戦い方を知らない者は里の外へ出ません。若いオスはたいてい、年長のオスとの競争に敗れます。そのような若いはぐれ者は、とても凶暴なのです」
ラフとニコルが顔を見合わせた。
「いやはや、モテない男はつらいよな」
「どこの世界も一緒だね」
アタシはクラの話を先回りした。
「長のケガの原因は、はぐれ者と戦ったせいってわけね」
「先日、里の幼い兄弟が、言い付けに背いて森へ出掛けました。ネネの長である父は彼らを追いました。そして、はぐれ者に襲われた兄弟をかばって……体の強い父ですが、失血がひどく、一時は危なかったのですよ」
「痛ぇ話だな」
「父が言うには、森に居着いてしまったはぐれ者は本当に危険です。モオキハの中でも、最も大きく気性の荒いアリィキハ。あれが里を襲うことがあったら、ワタシたちには、打つ手がありません」
クラの話はここで一段落した。
ニコルはネネの里の買い物事情を尋ねた。
「旅の必要品、買えるの?」
「食品や薬を商う店、腕の立つ整体師の家があります。里の外れには温泉もあります。マップに書き込ませていただきますね」
アタシはちょっとイライラして、ムシロの床を平手で叩いた。
「ホクラニ関係の話は、結局あれだけなの?」
クラはビクッとして目を伏せた。
「……少し、考えをまとめたく存じます。夕刻に再びこちらへおいでください。『あのかた』はおそらく、今宵、動きを起こすはずですから……」
「あのかたって誰よ?」
詰め寄ってみても、クラは黙っていた。