写真館に戻ると、正直まだ理解できずにいる僕に対して、隆さんが紅茶を入れてくれた。

「温かいうちに飲みなさい。味が落ちてしまうから」
「あ、ありがとうございます。でも、なんであんなことに・・・」

結論から言うと、西さんの一家は逮捕された。正確に言えば、1人は病院、1人は死体として発見された。

「どうして、隆さんには西さんのお祖母さんが亡くなっていることが分かったんですか?それにおかしくなったのが、西さんのお母さんだということも」
「そうだね。こんな思いをさせたくなかったから1人で強行したんだが…。一つひとつ説明しようか」

隆さんはボードを持ってきて、説明を始めた。

1.依頼者の祖母に異常が見られたのが、夫が他界して暫く経ってから
2.異常とは死んだはずのお祖父さんが帰ってきたという妄言
3.お祖母さんに認知症の診断結果が出なかったこと
4.子供ではなく、孫が依頼に来たということ
5.写真を実物ではなく、コピーで持ってきた

「まず、この5つの情報だが、1から3は過去のことを話している。これらを全て事実と捕らえるなら、スルーしても良いのだが、私はどうしても腑に落ちなかった。だから、まずは件の人物が本当に存在するのかを確かめようと考えた」
「どうして、そんなことを?」
「これは4つ目の情報が大きく影響する。趣味でやっている探偵業とはいえ、いきなり写真館に女子高生が1人で来ることが気になると言ったろう?それに話からすると件のご婦人に会うのには西を通す必要があるように思えた。つまり、孫が祖母の窓口になっている。これはさすがに奇妙だ。保護者が窓口になることは通常だが、逆転している場合は何かしらの原因がある」
「それは単にご高齢だからじゃ?」
「それなら尚更、そんな役目を孫に任せるのはおかしいだろう?認知症でなくても、扱いが難しい人物の世話を子どもにさせる親はあまりいないよ」

僕はそこで自分のことを思ったが、話の腰を折ると思い、話を聞き続けた。

「だからこそ、あの店の周りでここ1ヶ月、西の祖母を見た人がいるかを調べてみた。話ではデイサービスを頼んではいないと言っていたが、デイサービスも含め、聞き込みを行った。結果として、西の祖母を見た人はここ1ヶ月どころか、数ヶ月に渡っていなかった」
「そこで亡くなっていると分かったんですか?」
「それでは流石に分からなかったよ。もしかしたら、私たちに教えていなかっただけでどこかに入院していたかもしれないからね。確信したのはあの部屋に入った時だよ」
「部屋に入った時?」

あの部屋についてはもうすでに議論は終わったと思っていたのだが・・・。

「真の情報で部屋の見取り図は分かっていたが、物の無さは個人の心象で大きく異なる。以前、私は鏡がないと言っていたが、部屋に入った時、あることに気が付いたんだ」
「あること?」
「それは生活感が著しく欠如しているということだ。いかに身体が不自由なご老体だとしても、生活をしていれば、その部屋には微妙なりとも痕跡が残る。しかし、あの部屋には恐らく以前、真が入ってから私が行くまで誰も入っていない。何故なら、畳に足跡がついていたからね。これは部屋に出入りする人がいないからこその証拠だ。しかし、真は以前『祖母が来るから部屋を出ろ』と言われたんだよね?」
「はい。そうです」
「そこにまず、矛盾が生まれている。部屋の主が来ないのに部屋に自分から入れた人物を追い出す理由は何か?それは部屋に入れることがそもそもの目的だったからだ」
「どういうことです?」
「西は真にあの部屋が祖母の部屋であり、尚且つ部屋の主である祖母が今だ、健在だということを認識させたかったんだ。証人として」

証人。確かに僕はあのままだと、西さんの証人として成立させられていた。

「第3者を証人にするために初めは私を利用するはずだったが、思いもよらない人物が現われた。それが真だ。同級生で親交は少ないが、利用するには私よりも手ごろだ。今回の西の目的である証人としてはピッタリだと思ったのだろう」
「そんなものに選ばれても嬉しくないですよ」
「まぁ、言うな。人は何かをする時、それに不安があると他者による肯定で自分の行動に自信を付与したがる。そうすることで自身にも簡易的な暗示をかけることもできるからね。なぜ祖母があのようになっていたのはかともかく、今回の件に自分なりの正当性が欲しかったんだろう」
「でも生活感の欠如だけじゃ、納得できませんよ」

確かに改めて言われると、あの部屋にないものの在り処は分かった。でもそれだけで西さんのお祖母さんが亡くなっているという推理には無茶がある。

「そこでだ。生活感がなく、何より3つまでの情報が作り話だと仮定すると、そこにも矛盾が生じる。人間は何かを想像する時、ゼロから物事を組み立てたりはしない。そこには何かしら過去からの体験や事象が影響を与える。つまりはじめ、3つの情報は西がすでに体験したことを組み立てて作ったものなのではないかと思った。勿論、小説やテレビドラマの影響も考えられたが、考えを先行するために保留にした。そこで主役が祖母ではないと仮定するといくつか合点がいった。娘、つまり西の母親を主役にして、情報を見るとこのようになる」

1.依頼者の祖母に異常が見られたのが、夫が他界して暫く経ってから
2.異常とは死んだはずのお祖父さんが帰ってきたという妄言
3.お祖母さんに認知症の診断結果が出なかったこと
→診断するべき対象人物が母親

4.子供ではなく、孫が依頼に来たということ
→そもそも、本人が行けない

「対象を母親だとすると夫の他界からしばらくして、自分の父親が帰って来るという妄言を言い始めたが、認知症の症状は出なかった、となる。それは出ないだろうね、彼女は認知症ではなく、他の要因で心神耗弱状態だったのだから。それは自分の旦那の他界だ。調べてみたが、確かに西の父親は1年前に亡くなっている。しかも同時期に彼女たちの祖父だという人物があの家に住み始めた。それが悪夢の始まりだったんだろう。彼女たちの祖父はその筋では有名なチンピラだったらしい。彼は彼女たちを自分の思うように使おうと考えた。しかし、その後、1つの悲劇が生まれた。彼が自分の妻を殺したことだ」

そう、今回、逮捕されたのは西さんのお祖父さんとお姉さんだった。

「僕も西さんのお父さんまで亡くなっているなんて知りませんでした」
「それは仕方がない。1年前と言えば、真は西とは知り合いにもなっていないんだから。話を続けると、2つの情報である死んだはずということが嘘ならば、彼女たちの祖父は健在ということになる。そうすると、彼女たちの生活は祖父に支配されるのは言うまでもない。旦那も母親もいなくなった母親は心身を病み、おかしくなった。でも、自分ではどうすることもできない。最後の頼みの綱は姉だけだが、その姉も2人を養えるほどの稼ぎがあるわけではない。そこで祖父の悪巧みにのるしかなかった。年金の不正受給という定期的な収入源の確保に」
「不正受給…」
「部屋の生活感の無さはあの部屋が現場であり、すぐにでも隠蔽する必要があったからだ。だから最大限の掃除をした後は何もしなかった。逆にそれが真相の糸口だったんだがね。西も限界だったんだろう。部屋の匂いもごまかしていたようだが、こびりついた匂いは素人では消せない。その内、誰かにバレてしまう。だから今回の計画を実行することにした。まぁ、私に見抜かれてしまうぐらいだから準備はかなりおざなりだったんだろうが」

隆さんはそこまで言うと、紅茶を1杯飲み干した。

「いずれにせよ。今回のことで真が気に病む点はない。あれはもう回避できないことだっただけだ」
「あれ、でもあと1つ、情報が残ってますよ。写真は一体どういう意味があったんですか?」
「ああ、あのコピーされた写真だね。調べてみたが、あれはただの小道具だよ。しかもネット落ちているフリー素材を合成したものだ」
「でも、隆さん、かなり気になっていたじゃないですか?写真絡みだから今回の件も受けたんですよね?」
「何か勘違いしていないか、真。私が今回の件を受けたのは西の祖母に借りを返すためだよ」
「西さんのお祖母さんに?」

すると隆さんは1枚の写真を僕に見せてきた。そこには振袖姿でにっこりと笑っている隆さんが写っていた。

「私もね、彼女に魔法をかけてもらった一人なのさ。これは成人式の時の写真だよ」

隆さんはいつになく、優しい表情で話してくれた。

「隆さん、西さんのお祖母さんに会ってたんですね…」
「私はこの当時、カメラマンの弟子入りをしたばかりで男勝りの格好でいつも必死だった。でも、成人式だけはちゃんとした方が良いと言われて、あの貸衣装店に連れて行かれたのさ。最初はそんなに乗り気じゃなかったんだが、西の祖母に『女が着飾ることを忘れちゃ、いい仕事なんてできないよ』っていきなりどやされてね。客に対して何て態度の婆さんだって思ったよ。でもね、全ての準備が終わった時に、彼女の着飾るっていう言葉の意味を自分の姿を見て、思い知らされたんだよ。女として産まれた意味や価値を初めて理解させられた。そこから私は自分らしい写真家を目指そうと決めることができたんだ。だから、いつか恩返しをしたいと思っていた所に今回の依頼だ。チャンスだと思ったよ」
「でもそんなこと一言も西さんには言わなかったじゃないですか」
「こういうことは言わないでいることにも意味があるのさ。特に最後の最後に行き着いた頼みの綱が赤の他人だという方があの子には少しの救いだっただろう。まぁ、恩返しはできなかったが、彼女の大事な孫をギリギリでも助けることができたのは良かったよ。これで少しは供養になるだろう」

そう言うと、隆さんは自室へと向かって行った。その後ろ姿は少し、寂しさが滲み出ているように感じた。その後、僕はカップを洗って写真館を後にすることにした。
次の日、西家の事件はニュースで小さく報道された。

僕はそのニュースを見ながら、ふと写真館の帰りにお祖母さんのことを語る西さんの顔を思い出していた。あの時の無邪気な少女の横顔は今見ることはできない。西さんはあの後、遠縁の親戚に引き取られることになり、学校を転校していった。

それに僕が店で会った人がまさか西さんのお姉さんだとは事件が発覚するまで分からなかった。まだ20歳である西さんのお姉さんはあの事件の影響でかなり老け込んでしまっていたからだ。共犯だった西さんのお姉さんは情状酌量もあり、大きな罪にはならなかったが、大学を辞めて、西さんとは別々に暮らしているらしい。

あの姉妹が笑って、あの写真館に来ることはこれからしばらく経ってからなのだが、今回は触れないでおく。あの時の僕はただ、この悪夢が晴れたことを喜ぶ気持ちと、いなくなってしまった、魔法使いへの畏怖を抱くだけだった。