帰り道、僕たちはしばらくの間、何もしゃべらずに歩いていた。さすがに気まずくなったので、僕の方から質問することにした。

「そういえばどうやって、隆さんに依頼を出したの?仕事の電話じゃなかったら相手に有無を言わさずに電話切るのに」

あの人は極力仕事以外で電話の応答を嫌っている。西さんにはああ言っていたが、携帯電話でさえも電源が入っていることが稀という人物である。

「実は写真館の前で待ち伏せて、直接お願いしたの・・・そしたら、今日の放課後に出直してくれって言われたから・・・」

少し戸惑いながら、西さんは返答してくれた。お互いにほとんど面識がないこともあって会話はかなりぎこちない感じがした。

「そうなんだ・・・意外だな、西さんがそんなことするなんて」
「お祖母ちゃんのこととなると別なんだよね・・・」
「どういうこと?」

それから西さんは簡単に自分の家族について話し始めた。西さんの家は貸衣装屋を営んでおり、この町では古参のお店らしい。今はご両親と歳の離れたお姉さんの3人で切り盛りしており、彼女も小さい頃から店の手伝いをしていたようだ。

「元々はお祖母ちゃんが切り盛りしていたお店でね、お客さんにドレスや着物を着付けしているお祖母ちゃんの姿は私にとって、まるで魔法使いみたいで憧れの存在だったんだ」
「憧れの魔法使いか・・・」
「だから昔のお祖母ちゃんに戻って欲しくて・・・」

それから西さんの家に到着するまで、また無言の時間が続いた。僕は玄関先で彼女を見送ると来た道を戻った。写真館に着くと、隆さんは休憩中だった。お気に入りのレンズ型のカップに珈琲を入れながら、西さんからもらった写真を眺めていた。

「やっぱりその写真には何かあるんですか?」
「まだ何とも言えんな。写真といっても、これはコンビニでコピーされたものだしな」
「実物じゃないんですか?」

カップを置きながら、隆さんは写真を机の上に置いた。

「実物は仏壇にでも置いてあるのだろう。勝手に持ってくるわけにもいかなかったのだろうが、これでは肝心なことが分からん」
「どうしてそれを本人に言わなかったんですか?そうすれば、送りがてら僕が借りてきたのに・・・」
「確かに写真の鑑定は必要だが、まずは可能性を潰していくのが先だからな。写真はその後でも構わない」

僕は隆さんから自室からホワイトボードを持ってくるように言われた。依頼をまとめるときは全て文字に書き起こすというのが僕たちのスタイルだ。

「第1に依頼者の祖母に異常が見られたのが、夫が他界して暫く経ってからだった」
「2つ目にその異常とは死んだはずのお祖父さんが帰ってきたという妄言」
「3つ目はお祖母さんに認知症の診断結果が出なかったこと」
「4つ目が子供ではなく、孫が依頼に来たということだ」
「最後に写真を実物ではなく、コピーで持ってきたということですね」

僕たちは今ここまで分かっていることを全て書き出し、互いの意見を言うことにした。

「隆さん、4つ目ってさして重要なことに思えないんですけど?ただ単にご両親が忙しかっただけじゃないですか?」

西さんのご両親は店の切り盛りがある上にお祖母さんの面倒も見なければいけないことを考慮すれば、彼女が来たことは普通のことのように思えた。

「誰が来たということは重要だ。真の意見は尤もだが、孫が来たということが妙に引っかかる」
「そんなもんですかね?」

互いの意見が噛み合わないのはいつもの事なので特に気にしなかった。要するに隆さんの言う『可能性を潰していく』とはこの行為を繰り返すことなのである。

「一番引っかかるのはやっぱり診断結果ですよね。西さんがここに来たのもこれが原因なんですから」
「こればかりは家族でもない限り、詳細は教えてもらえないだろう。最も診断結果をごまかしているなら話は別だが、どこにメリットがあるのか分からん」

メリット、デメリットの前に医者がそんな自身の首を絞めるような行為はしないだろう。担当医が隆さんのように相当変わった人でない限りだが・・・。ともかく3つ目は保留にすることにした。

「じゃあ、1つ目の時期について検討しましょう。お祖父さんが他界して、少し経ってから症状が出たって、言ってましたね」
「喪失感が引き金になっているなら時期には特におかしいところはないな。正確な日時が分かれば、他にも検討のしがいはあるが」

これに関してはお互いに納得した。西さんが相談に来たのも考慮すると何か月も前ということではなさそうだ。

「2つ目は妄言の内容ですけど、これも特におかしい点はないですよね?お祖父さんに帰ってきてほしいという願いが表面化したようなものですし」

返事がなかった。振り返ると隆さんはまた考え込んでいた。どこかおかしい部分があったのだろうか?

「隆さん?」
「いや、すまない。これも保留にしてくれないか?」

彼女自身から保留を頼むということは珍しい。このことがどういう意味を持っているのか、その時の僕には分からなかった。