僕が通う私立聖北高校は写真館から徒歩15分で行けるため、呼び出しがあった日は登校の準備も済ませた上で写真館に向かうことにしている。
そのおかげで教室に1番乗りで到着することも多く、僕は静かな教室がクラスメイトたちで徐々に賑わってく様子を眺めながら、朝のホームルームまで宿題の残りを片付けたり、カメラの手入れなどしながら時間を潰す。

その日も僕は7時半には教室に到着した。今日も1番乗りかと思ったが、既に教室の窓を開けて、換気をしている人がいた。

「おはよう。西さん、今日は早いね。」

クラス委員長の西ゆかりさんは眼鏡姿にキッチリとした制服の着こなしをした、典型的な委員長キャラだ。急に話しかけたからなのか、西さんは驚いた顔をした。

「おはよう、坂本くん。そっちも早いね。どうかしたの?」
「いや、僕は知り合いの家から学校に来ると、いつもこれぐらいの時間になるだけだよ」
「そうなんだ。私も今日はたまたま早く目が覚めて、何となく早く来ただけなの」

普段あまり話したことがないせいか、ギクシャクした感じの会話になってしまった。その後は特に会話も盛り上がることなく、互いに自分の席に着いて、時間を潰すことにした。
8時頃になるとクラスメイトたちが登校してきて、いつも通りの風景になった。僕が自分の席でうたた寝していると、ふいに背中を叩かれた。

「よぉ、いつも早いな、真」

見上げると、親友の中岡 慎二がいた。小学校から10年来の仲で、今や腐れ縁のような中になっている。朝が極端に弱いため、始業ギリギリに来ることはいつものことだった。

「おはよう。そっちも相変わらずだな。もう少し余裕持って来いよ」
「遅刻しなければ、問題ないだろ。そっちが早すぎるんだよ」

すぐにチャイムがなり、慎二は自分の席へと向かった。僕の学校生活は今日も何事もなく始まりそうだ。
授業が終わり、帰りの準備をしながらスマホを見ると、メールが1件来ていた。

『依頼人あり。学校が終わり次第、至急来い。原則強制。』

電報のようなメールで送り主がすぐに分かった僕は、急いで写真館に向かった。あの人からの連絡は要件だけしか送ってこないもので、絵文字があったことなど皆無だ。
写真館に着くと、僕は入口の前で自分と同じ制服を着ている人を目にした。その子は扉の前で入ろうか迷っているように見えた。
というより、恐らく扉が開かないんだろう。この写真館の扉は建付が悪くなっているせいで開けるのに少しコツがいる。

「あの、隆さんへの依頼人って、君かな?」

振り返った姿に、僕は今朝の光景がよぎった。眼鏡姿に整った服装、いかにも委員長キャラの女の子がそこにはいた。

「坂本くん!?どうして!?」

西さんは今朝よりも驚いた顔をしていた。僕がここにいることが理解できていないような顔だった。

「どうしてと言われると説明が長くなるから、とりあえず中に入ろうか」
「でも、この扉開かないみたいで・・・」

西さんを横目に、僕はドアノブを一度手前に引いてから、やや力を入れて押し込んで扉を開けた。

「さぁ、どうぞ。待たせいたみたいでごめんね」
「あ、ありがとう」

互いに戸惑いながらも中に入った。玄関を抜けて、リビングに行くと隆さんが不敵な笑みを浮かべながら、社長室にあるような豪勢な作りの椅子に腰かけて待っていた。

「やぁ、よく来たね。適当に座ってくれ。真、お茶とお菓子を持ってきてくれ」
「来るのが分かってたのなら扉ぐらい開けて下さいよ。西さん、扉の前で立ち往生してたんですから」

文句を言いながらも、僕は台所へ向かった。お茶請けの栗きんとんと緑茶を盆に乗せて部屋に戻ると、一枚の写真を見ながら、二人は渋い顔をしていた。
テーブルにお茶とお菓子を置いて、隣の部屋で待っていようと思い、席を立とうとすると西さんに腕を掴まれた。どうやら、ここに残ってくれということらしい。
しばらくすると隆さんが質問を始めた。

「それで、君はこの写真の何を解決して欲しいんだい?」
「あの・・・何か変わった点とかありませんか?呪われているとか・・・」

気になって、僕も写真を見たが、年老いた男性が写っている以外、特に変わった所はないように感じた。

「悪いが、私に霊感の類はないよ。そういう依頼なら知り合いの寺か、神社を紹介するからそちらを応ってくれ」

と隆さんがつまらなそうに返答すると、西さんは俯いて口籠ってしまった。

「まぁ、まぁ、話は最後まで聞きましょうよ。一人でこんな所に来て、西さんだって緊張してるんですよ」
「こんな所で悪かったな」

そう言って、隆さんは足を組み直し、椅子に深く腰掛けた。西さんもお茶を一口飲んでから写真について語り始めた。

「その写真に写っているのは2年前に亡くなった私のお祖父ちゃんです。厳しかったけど、私が母親に叱られると内緒でお菓子をくれて励ましてくれる人でした」

そう言うと、西さんの目頭にうっすらと涙が滲んでいた。

「お祖父ちゃんが亡くなってからしばらくしてお祖母ちゃんも体調を悪くして、今ではすっかり塞ぎ込んでしまいました。しかも、ここ最近は妙なことも言い始めるようになったんです」
「妙なこと?」
「あの人が帰ってきたって・・・」
「帰ってきた?」

僕と隆さんはお互いの顔を見合わせた。

「西さん、それって、ただお祖母さんの認知症になっただけなんじゃ・・・」
「私たちもそう思って、病院で検査してもらったけど、認知症の診断結果は出なかったの!」

西さんが声を荒げて返答してきた。確かに認知症が原因なら、わざわざここに来ることはしない。

「その医者の診察ミスじゃないのか?」
「掛かり付けのお医者さんだけじゃなく、県外の大きな病院にまで行って調べてもらったんです。間違いなく、お祖母ちゃんは認知症なんかじゃありません!」

隆さんの言葉に西さんは立ち上がった。僕たちの対応に相当怒りを覚えたのだろう。他人から家族が認知症患者呼ばわりされたら、頭に来ても仕方ない。

「ごめんね、西さん。でも、一応確認しなきゃいけないことだから」

我に返ったのか、西さんはすぐに座り直した。

「ごめんなさい。こちらから頼んでおきながら・・・」
「では、認知症でもないのに妄言を言い始めたってことで良いのかい?」

隆さんは、西さんのことを全く気にもせずに話を進めた。今、この人の興味は依頼のこと以外ないみたいだ。

「はい、そうです。医療ではなく、違う観点から原因がわからないかと思って、こちらに来たんです」
「話は大体分かった。では念のため、現在、君が祖母についてわかっていることを何でも良いから話してくれ。妄言を言い始めた時期やその時の状況などもあらかた全てな」

それから西さんは冷静に状況を説明してくれた。お祖母さんの妄言が始まったのは約4ヶ月前の昼間だったらしい。玄関の前で深々とお辞儀をしているお祖母さんを見た、西さんのお母さんが何をしているのか尋ねると、

『あの人が帰ってくるからお出迎えしているんだよ』

と返答した。初めは遂に認知症が始まったのだと思い、近いうちに病院に連れて行こうと家族で話し合ったそうだ。しかし次の日には普段と変わらぬ様子だったので、しばらくは様子を見ることにした。そして約2カ月前、また同じことが起きた。
今回ばかりはさすがの両親も病院へ診察に連れて行ったが、認知症の診断が出なった。受け答えはできているし、物忘れも認知症のレベルには達していなかったというのが担当医の見解らしい。
そこまで話を聞くと、隆さんは椅子から立ち上がり、一枚のメモ用紙を関さんに渡した。

「メモに私の携帯番号を書いておいたから何か他に気づいたことがあったら電話してくれ。今日はもう遅いから帰宅した方が良い」

そう言うと、隆さんはすぐに自室の方へ行ってしまった。僕は西さんを自宅まで送るために一緒に帰宅することになった。