要は、お前は幸を好きなんだな?ということだろう。
「……理由になりませんか」
「いいや、十分さ」
翠様は満足そうに笑う。
それは意地の悪いやつではなかった。
そして翠様に住所を教えてもらい、そこに向かう。
その途中にあの人に連絡しておこうと思ったが、連絡先を聞き忘れたため、一人で行くことにした。
警察に連絡してもよかったが、どう説明すればいいのかわからなかった。
翠様に教えてもらったアパートに着いたとき、俺は肩で息をしていた。
息を整え、気持ちを作る。
相手は女を誘拐し、殺した犯人。
ただの学生である俺が簡単に勝てる相手ではない。
やっぱり警察に連絡するか?
いや、待て。
別に犯人と戦う必要はない。
俺はただ、結崎さんを助けられたらそれでいいんだ。
でも、どうすれば結崎さんを助けられる?
そもそも、結崎さんは本当にあそこにいるのか?
考えれば考えるほど、答えが出てこない。
覚悟だって消えていく。
本当、連絡先くらい知っていればこんなに悩んだりしなかっただろう。
そんな後悔を抱きながら、スマホの画面ロックを外す。
癖で指はSNSサイトを開いた。
そのとき、進藤の言葉を思い出した。
SNSで結崎幸について調べた。
結崎さんは、アップされるほど有名な人だ。
少しは情報があるかもしれない。
俺は検索欄を開き、いろんなキーワードで検索をする。
ネットの情報なんて当てにならないことがほとんどだろうが、上手く使えば便利なものだ。
深夜、結崎さんを見かけたという投稿を見つけた。
その写真に位置情報なんてないが、周りの景色を見たところ、この近くであることはわかった。
だからといって、本当にこの辺に誘拐犯がいて、誘拐されたとは限らない。
なんて、行動しない言い訳を並べているだけじゃないか?
「あー……めんどくさい」
考えるのも、調べるのも、なにもかも。
結崎さんが困っているかもしれない。
怖い目に遭っているかもしれない。
動く理由はそれで十分だ。
俺は翠様の店の客という人の部屋の前に立った。
隣の家ということは知っているが、運悪く左右に部屋が存在している。
俺はどちらが怪しい家なのか、知らない。
ノックをすると、男の人が出てきた。
「急にすみません。昨夜、この人が来ませんでしたか?」
ネットの写真を見せると、心当たりがあるのか、男はああ、と呟いた。
「来たけど、彼女がどうかしたのか?」
「連絡が取れないんです」
スマホをポケットに入れながら答える。
「もしかしたら、あの事件に巻き込まれたんじゃないかと思って……」
「事件?なんのことだ」
「は?」
状況が飲み込めない。
怯えていて、あんな発言をしておいて、知らない?
「女子高生誘拐……あなたの隣の家から、変な音がするって……翠様……あるバーで言いませんでしたか……?」
戸惑いながら説明するが、ピンと来ていないようだ。
もしかして、この人じゃないのか?
「とにかく、忙しいんだ。彼女について言えることがなくて申しわけないが、帰ってくれ」
「待ってください!」
閉められそうになったドアに足を挟む。
思った以上に痛いが、そんなことは今どうでもいい。
「彼女、来たんですよね?じゃあ、どんな会話をしましたか?」
結崎さんだって、俺と同じことを聞いたはずだ。
それで事件と言われて誘拐事件と言わなかったのは、なんだか怪しい。
「なんでもいいだろ。帰れ」
外に押し出されるが、このまま帰ってはいけないような気がしてならない。
「彼を虐めるのはやめてください」
すると、部屋の奥から女の声がした。
「彼を虐めていいのは、私だけなんですから」
そんなことを言うのは、一人しか知らない。
結崎さんは後ろで手を縛られているようだが、元気な姿で立っている。
俺は泣きそうになるくらい、安心した。
「お前……なんで……」
「瀬戸さんの声が聞こえて、その間に足の拘束を取ってみました」
怖いくらい笑顔だ。
男の顔が歪んでいく。
「いいですね、その顔。どうせなら、もっと苦しんでください」
結崎さんの背後から何かが落ちた。
よく見れば、スマホだ。
杠刑事という文字が表示されていて、通話中だ。
「警察に連絡しました。誘拐したっていう証言をしてもらえなかったのは残念ですが、私のスマホのGPS情報ですぐに警察がここに来ますよ」
男はすぐ近くにあった台所からナイフを取り出した。
真っ直ぐ結崎さんに向けている。
「私も殺しますか?あなたに出来ないと思いますけど」
どうして挑発するんだ、この人は。
手を縛られていて抵抗することもできないはずなのに。
そう思ったとき、結崎さんと目が合った。
初めから俺にどうにかしてもらうつもりで、挑発したな?
格闘技の経験もない俺が勝てるわけない。
できるのは、フライパンで頭を殴るくらいだった。
◆
警察から解放されたときには、日が沈んでいた。
「いやあ、正当防衛とはいえ、しっかり怒られましたね」
隣にいる結崎さんは笑っている。
包丁を向けられて、殺されそうになったくせに、どうして笑っているんだ。
「まさか、フライパンで殴るとは!犯人があれで気絶するなんて、どれだけ強い力で殴ったんです?」
余程面白かったのか、結崎さんはまだ笑っている。
「いや、それよりも瀬戸さんがお客さんの家を間違えたことが一番でしたね」
それは俺が馬鹿だったというか、結果運が良かったというか。
しかし結崎さんが笑えば笑うほど、俺は怒りが込み上げてくる。
俺は足を止めた。
「……こんなに危険なこと、もうやめてください」
少し前に出てしまった結崎さんは、振り向く。
「嫌です」
真っ直ぐ俺の目を見て言った。
即答だった。
「どうしてですか。今回、俺がいなかったら」
「わかってます。瀬戸さんがいなかったら、私は死んでました」
俺の言葉を遮ってまで言う必要はないと思うが、自覚していたならいい。
だが、わかっていて続けるのは理解できない。
「でも、私たちがいなかったら、あの子が死んでいたんです。命懸けで、助けを求める人を救う。こんな素敵なことはないと思いませんか?」
だったら警察にでもなればいいだろ。
結崎さんが暗躍しなくてもいい。
「まあ、本当は犯人の追い詰められた顔が見たいだけですけど」
小声だったが、はっきりと聞こえた。
それが真の目的だろ、絶対。
「それに……もしまた危険な目にあっても、瀬戸さんが助けてくれるでしょ?」
結崎さんの笑顔にも逆らえる気がしない。
「……だったら、条件が二つあります」
俺は結崎さんの隣に並ぶ。
「一人で勝手に行動しないこと、ゲームで負けてもらうというあれをやめること」
「……どうしてもやめなきゃダメですか?」
結崎さんの上目遣いは想像以上の破壊力だ。
俺は目を逸らし、歩き始める。
「俺が相手になりますから、やめてください」
なんて言っているが、本当はこれ以上結崎さんを好きになる人を増やしたくないだけだ。
「はーい」
結崎さんは甘えた声で返事をし、俺の隣に走ってきた。
彼女と恋愛関係になることはないだろうが、それでも傍で好きな人を守れるなら、この関係も悪くない。
結崎幸とゲームをし、負ければお金がもらえる。
ある日、瀬戸悠吾と友人の進藤はそんな情報を手にし、幸のもとを訪ねた。そして悠吾は幸に気に入られてしまう。
悠吾には彩月という彼女がいるが、幸は彩月が浮気をしていると言い切った。そのせいで悠吾は彩月と気まづくなり、距離を置いた。
数日後、図書館に行くと、幸が男と封筒でやり取りをしているところを見た悠吾は、話を聞かずにいられなかった。
幸は、警察に依頼された事件についての情報を集め、提供するという危険なバイトをしていた。
幸に連れられ、バーに向かうことになった。そして幸は、調査中である誘拐事件に巻き込まれてしまう。
悠吾は幸に惹かれていることを認め、幸を探しに行く。なんとか誘拐犯から幸を奪い返すことが出来た。
幸といることを決めた悠吾だが、幸はまだ危険なことに首を突っ込むと断言した。
悠吾は幸のボディガードということで、幸の傍にいることを決めた。