母が死んだのは中学三年生の十月のことだった。
母が死んだと最初に聞かされたのは、苦手な数学の授業の最中だった。
昼休みが終わり満腹になった直後の授業は集中力も散漫になりがちで、先生の話を聞くことよりも口からとめどなく出てくるあくびをかみ殺す作業の方が俄然忙しかった。
窓から降り注ぐ暖かな日差しが机の上に広げたノートを照らし、黒鉛で書かれた数字がキラキラと鈍く光っていた。
私は問題を解くことを半ば放棄し、机に頬杖をつきながら空を揺蕩う雲をぼうっと見上げていた。
人差し指の上で無心になって回していたシャープペンシルがポトリと机に落ちた時、担任の教師が血相を変えて教室に飛び込んできた。
「堤、ちょっと来なさい」
授業が一時中断し、何事かと興味津々のクラスメイト達の視線を一身に浴びながら、机の間を横切り、廊下に出る。
教師は声を潜めてこう言った。
「堤、君のお母さんが交通事故に遭ったそうだ」
「え?」
教師の声は動揺のせいでかすかに震えていた。
十五歳の少女の人生を変える一言を告げるには、教鞭をとってまだ数年しか経っていない若い彼には荷が重かったのだろう。
「残念なことに……即死だそうだ」
「即、死……」
即死ということは、既に息を引き取っているということだ。今朝、行ってきますと言って別れた母はもうこの世にいない。
「そう……ですか……」
これは、現実なのだろうか。
教師の慰めの言葉が頭を素通りしていく一方で、ずしりと腹の底に重い物が下りてくる。
まるで、突然身一つで砂漠に放り出されたような絶望的な気持ちだった。