「幸人のバカ!」
「またやってる」
 良美さんが呆れ眼で声の方を見る。

「おいらがネギを嫌いなのを知ってて、大盛りで入れるんだろう!」
「健人の健康のためだよ」
 あの日以来、二人は本当の兄弟のように仲良しだ。

 幸人君の母親はまだ退院できないそうだが、幸人君が面会に行った日から、少しずつ回復しているそうだ。
 彼と母親が、あの日、どんな話をしたかは聞いていない。でも、戻ってきたときの幸人君の顔は、憑き物が落ちたようにさっぱりしていた。
 ただ、干し柿作りをしたときは、親の敵のような顔で皮を剥いていたから、トラウマが無くなったわけではないと思う。それでも一歩一歩自分なりに乗り越えようとしているようだ。

「あなたたち、いい加減にしなさい!」
 キャンキャン言い合いを続ける二人に、とうとう良美さんの雷が落ちた。
 しかし、鬼の形相をした良美さんを目の前にしたのは、ちょうど順番がきた茜ちゃんと巴ちゃんだった。
 ひっ、と二人は顔を引き()らせ、次の瞬間、同時に泣き出した。

「うわっ、二人を怒ったわけじゃないのよ」
 慌ててご機嫌を取る良美さんの横から、「あーあっ、水谷先生が泣かしたぁ」と健人君が(はや)し立てる。
「こら、お前が原因だろう」
 正樹君が健人君の頭をコツンと小突くと、「暴力反対!」と健人君が地団駄(じだんだ)を踏む。

 そんな大騒ぎの食堂に、施設長と事務長が入ってきた。その後ろには、新規入所者だろう、女の子がいた。昨日、事務長から連絡を受けた子のようだ。

「みんな揃っているかな?」
「はーい」
「じゃあ、席に着いたら、新しく一緒に暮らす仲間を紹介するよ」
 事務長の言葉でみんな慌てて着席する。

「はい、次の人。貴女よ、遠慮しないで」
 トレーを持った少女が私の前に立つ。
「貴女が未来(みらい)ちゃんね」
 ニッコリ微笑むと、私は丼の真ん中にピンクのブタを置いた。
 それを見た彼女の顔がパッと輝き花が咲く。どうやらお気に召したようだ。

「ようこそ児童養護施設ヒマワリへ。大丈夫、安心して。みんな貴女を歓迎しているわ」

(了)