「でもいつまでも放置しておくわけにもいかないし」
そう言い聞かせながら押入れの戸を引いて、奥から箱を引っ張り出す。
この遺品箱は、うちの家系に先祖代々受け継がれてきた『浄箱』という名を持っているらしい。生前は祖母が大切にしていたもので、この箱には特別な力があるのだと耳にタコが出来るくらい聞かされていた。……自分の死後は私のものになるのだ、とも。
全体に真っ黒な漆塗りが施され、蓋部分には大きく家紋が彫り込まれている。そのなんとも言い難い異様さに圧倒されながら、私はこくりと唾を飲み込んだ。
──これが苦手なんだよ……。
なんだか試されているような気になってくる、というか。
いつもならここで怖気付いて開けるのをやめてしまうのだが、今日ばかりは何故か開けなくてはいけない気がした。
妙な胸騒ぎを覚えながらも、恐る恐る、慎重に蓋を開けてみる。その瞬間、空間に充満していた圧がさっと緩んで、私はいつの間にか喉元でせき止めていた息を深く吐き出した。
そんな私を心配そうに見上げながら、白ヤモリちゃんがぺたぺたと四本の足を器用に動かして箱の側面をのぼり始めた。私の緊張など意に介さないようで、思わず眉尻を垂れる。
いやいや、ここで気を抜いている場合じゃない。十年ぶりの遺品整理なんだから。
自分を鼓舞するように唇を引き結び、中のものをひとつずつ取り出していく。
「ええっと……うーん、思ってたより色々あるなぁ。これはお母さんの櫛で、こっちはお父さんのネクタイピン──。え、これはなんだろう、ボールペン?」
両親の遺品に関しては、正直まともな物がない。
不慮の事故であまりにも突然この世を去ったから致し方がないのだが、どうにもいたたまれないのは、この細々とした遺品を選んだのが私自身だからである。
あの頃はまだ幼くて、突然形見として残しておくものを選べと言われても、どういう物を選んだら良いのか分からなかった。
結局残したのは、幼心になんとなく憧れていた両親愛用の小物たち。毎朝お母さんが髪をとかしていた小花柄の櫛。お母さんに貰ったのだと嬉しそうに語っていたお父さんが付けていたネクタイピン。この高級そうなボールペンに関しては、フォルムに両親の名前が並んで刻まれているから、なんとなくとっておいたんだろう。