その日、柳翠堂は珍しく朝からごたごたとザワついていた。

「どうにかしてくれよ、柳翠堂さん!」

「そう言われましても……とにかく落ち着いてください」

「落ち着いてなんかいられるか! このままだと村の農作物が全部枯れ果てちまう。それだけじゃない、子どももどんどん体調を崩してんだ。こんな一刻を争う事態だってのに、統隠局はちっとも動いてくれやしねえ。そんなの、もう柳翠堂さんに頼むしかねえだろ⁉ あんたら、『よろず屋』なんだから!」


 はたから聞いてれば、時雨さんの「そう言われましても」としか答えようのない案件だ。
いくらよろず屋とて、許容外の依頼は受けられないのだから。


「ったくどいつもこいつも……」


 統隠局というのは、かくりよを統制する機関だと少し前に教えてもらった。

 悪さをしたあやかしを捕らえ罰したり、この世界の秩序を保つためにさまざまな権利を持ったお偉い様方が、日々かくりよを守るために対策を講じているらしい。

 統隠局に所属するお偉い様、もといかくりよを代表する七人の官僚。実質かくりよでは彼らの身分が最高位であり、神であろうが妖怪であろうが官僚には逆らえないのだとか。

 そんな官僚のひとりが翡翠だと聞いたときは、さすがに目が飛び出しそうになった。

 だから前に『それなりの身分』と言っていたのか、と妙に納得したものである。たまにある『外せない用事』とやらも、どうやらこの統隠局絡みの仕事らしい。

 しかしそんな絶対的な統隠局に断られた挙句、その官僚が自ら営む柳翠堂に頼みにくるとは、またずいぶんと勇気がいる行為だよなあ、と思う。

 どうも遠方からの客は、柳翠堂の店主が統隠局の官僚だとは知らない者が多いのだ。

 まあそもそも、そんな権力を持った立場にいるにも関わらず「よろず屋」などという店を経営していること自体、ちょっとおかしな話なのだけれど。