木漏れ日が浮き立つ山道をのぼっていくと、ふたたび鳥居がある。その後に続く三つ目の鳥居をくぐるまでは、正直なところ気は抜けない。力の強いものは、鳥居のひとつやふたつ簡単に抜けてしまうから。
最後の鳥居を抜けて、ようやく足を止めた私は、少し時間をかけて荒く乱れた息を整えた。
聖域全体に広がるくらくらするほどの濃い気をひしひしと肌に感じながら、ゆっくりと参道の中心を避けて進む。
──安房響神社は、ごく一般的に知られる神社とは少し違った造りをしている。
古代の神道では、巨石や山を磐座や神奈備と称して御神体とし祀りあげる自然崇拝があったと言われている。いわば神道の原点のひとつだけれど、現代ではこのように原初的な磐座式の神社は数えるほど。ほとんどの神社では社殿を構えているから、あまりそういう神社を知らないという人も多い。
その中でこの安房響神社は、古来からその形を変えておらず、今も社殿を構えない磐座式を保った珍しい形態のままだ。閑静な住宅街の中にあるだけあって、邪気も限りなく薄い。
これほど良質で濃い気がまわっている神社は、各地の神社に立ち寄っている私もなかなか見たことがない。安房響神社があるからこの地に住もうと思った──というのも、あながち大袈裟ではなかったりする。
「……相変わらず、静かだなぁ」
御神体は霊石であり、その霊石を御霊代として拝する──。
事実、この鎮守の森に囲まれた安房響神社には、物の見事な巨石が立派に鎮座している。
安房国から渡来したと言われているこの巨石──いや、御霊石に宿る御神体は天太玉命という安房国鎮座の安房神社の祭神なのだとか。
巨石の面が安房国を向いているということからきているらしいけど、イマイチ私には安房国の方向が分からないので、その辺は気にしないことにしていた。
「神さま……少しだけお邪魔します。どうか許してください」
手水をとり、神の依代ともされる霊石に参拝する。口に出してお願いしたのは、なんとなく自分にもそう言い聞かせておきたかったからだ。
私は御霊石から少しばかり距離を取り、辺りに誰もいないことを確認してからしゃがみこむ。はやる気を抑えて、おそるおそる式神黙示録を開くと、ふたたび心臓がどくんっと強い音を立てた。体中の血液がなにかを訴えるように脈打ち出して、私は思わず息を呑む。
──一枚目。
大きな花の紋と五芒星が絡み合う複雑な紋。そして紋を囲う見たことのない文字。
これがなにを表しているのかわからない。ただ、それがふたつ揃って、ようやくひとつの形を成すものだということは何故かわかっていた。
なかばなにかに突き動かされるように地面に指を突き立て、ゆっくりと、それでいて正確に写し描き始める。指が進む度に身体の中のなにかがぐわんと疼いて音をたてていく。
いや……気のせいじゃない。
確実になにかがめまぐるしく全身を駆け巡っている。
熱い。──とてつもなく、熱い。