初めて目にするものだった。けれど、どこか痺れるような懐かしさを感じる。思い出せないけれど、なにか思い出そうとしているような。

 ……そうだ、昨日見た夢の感覚と少し似ているかもしれない。

 戸惑いつつもそっと表紙をめくりあげてみると、一枚目の紙には見たことがない文字と紋が描かれていた。二枚目、三枚目と続く全ての紙に描かれたその文字と紋は、似ているようで全て異なっている。

 不思議なのは、どれも寸分の狂いなく全てが同じ大きさだということ。

 こう見るとまるで機械で印字したかのような正確さだけれど、これは間違いなく墨で直接書き込まれたものだ。そう断言出来るのは、紙の裏地に墨がきっかりと滲んで浮いているからだが、紋から発せられている『霊力』だけでも十分わかる。

 あまりの緻密さに言葉を失いながら次へ次へとめくっていくと、最後の紙だけわずかに切れてしまっているのを見つけた。紋の端っこだけとはいえ、その美しい紋の形が破れて失われているのは、なんだかやるせない想いに駆られてしまう。

 とはいえ、いったいこれはなんなのか。

 ──〝式神〟なんて、今どきめったに耳にすることもないワードだ。ただ少しばかり心当たりがあるのは、私の苗字が『賀茂』であることと関係している。


「でもまさか、ね」


 さすがにありえない。

 頭ではそう思っても、高鳴る心臓の音はおさまる気配を見せなかった。

 どうしたらいいのか私に分かるはずもないのに、この式神黙示録を見た瞬間から、異様にこの紋を描いてみたいという衝動に襲われている。

 こういう──そう、まるで何かに操られているような感覚は、昔から時々あった。
臆病で慎重派、石橋を叩いても渡らないタイプの私が、何故かさっくり渡ってしまいそうになることが。血筋ゆえの本能のようなものだろうか。

 そういう時、大抵は〝彼ら〟の関係だ。決まって、ろくなことがない。

 理性はちゃんと歯止めをかけているのに、最後は本能が勝ってしまうのもいつも通り。後悔するとわかっているにも関わらず、次の瞬間には行動に移していた。

 他の遺品をそっと元に戻してふたたび押し入れの奥に寝かせると、私は黙示録とスマホだけを持ってアパートを出た。

 追い立てられているわけでもないのに自然と早足になる。視界の端にさっそく黒い靄をまとった嫌なものを見たけれど、いつも通り気づかない振りをして、私は駆け出した。

 散った花びらが折り重なった桜の絨毯を駆け抜けながら目指すのは、この坂の頂上。

 かつてこのあたり一帯は、桜雅明神山という大きな山だったらしい。今こそ開拓されて閑静な住宅街となっているが、明神山の頂上にあたる部分には未だその名残りがある。

 それが、安房響神社だ。坂を登りきる一歩手前に突如現れるコンクリート作りの階段を登れば、ひとつめの鳥居が待ち構えている。そこから先は聖域だ。神社を守るように鎮守の森がそびえ、街中にあるとは思えないほど空気の澄んだ神秘的な空間が広がっている。