「あ……暑い」
なんとなく人についてきた先は、駅名の通り山だった。
何でも、この山の頂上に神社があるらしく、あまり詳しくは知らないけれど、大変ご利益があるそうだ。
観光客には有名らしく、三が日ということもあり、人が集まった模様。
私も、そのご利益というものを求めて、登ることを決意した。あわよくば、私の悩みの解消方法を教えてくださいと。
まあ解決方法と言っても、就職をする気は毛頭ないわけで、受験から逃れることができないのは承知の上だ。
だから、正直自分も何のために登るのかわかっていない。ただ、たまには普段しないことに挑戦してみるのもいいかもしれないと考えた結果だった。
はっきり言って、浅はかだった。
本格的な登山と言うほどの山ではないが、登り始めて早一時間。
かなりの急斜面の石段を上っているのに、一向に頂上は見えてこない。
ずっと歩いているため、足は痛く、体は火照ってじわりと汗までにじみ出てきた。
コートとマフラーを脱いで腕にかけ、息を切らしながら進み続ける。
だが困ったことに、分かれ道が多いため、観光客の人たちは右に左に散らばって行った。
みんな、どの道が正しいのかわかっていないのだろう。
会話の内容を盗み聞きしようとしたが、運の悪いことに外国人がほとんどで、何を話しているかよくわからない。
私は中間地点のような見晴らしの良い開けた場所で止まり、スマホで道を調べた。
しかし、画面に表示されたのは、緑色の中に小さく現在地を表す青い点だけ。
つまり、この画面からわかるのは、『あなたは今山の中にいます』という情報のみ。山の中の道なんて描かれていなかった。
『標山 ルート』と検索をかけても、出てくるのは簡易的な道の全体図。
今度はあたりを見回して看板を探したが、ない。あるのは裸になった木々と砂利、石段やコケのついた木製の手すりだけだ。
そこで、スマホに夢中になっていた私はようやく気が付いた。
人が誰もいないということに……。
「え……嘘でしょ?」
確かに、よくわからない道のため引き返していく人もあり、少しずつ人数は減っていたが、まさか誰一人いなくなるなんて思ってもみなかった。
葉の無い木々が風に煽られ、ザアッと不気味な音を立てる。一気に体が冷え、再びコートを羽織った。
「帰ろ……」
心を落ち着かせるため、わざと大きな声でつぶやいた。
もう機能していない足を懸命に動かす。筋肉の無い棒のような私の足は、血液を心臓に戻すことができないよう。重いし痛いし、できれば近道でも通って帰りたい。
『チリン―――』
元来た道を下ろうとすると、背後から金属音のような、どこか透き通った音が風に乗って耳に入った。
振り返ると奥にもう一つ、下に続く石段がある。
無視するつもりだった。でも、まるでこちらが正規の下山ルートですよというように、その石段だけ、手すりが新しいプラスチック製の物だったのだ。
『チリン―――』
また聞こえる。間違いなく、この石段の先からだった。
正直、今まで通ってきた分かれ道を全部は覚えていない。だったら、正規ルートか近道かはわからないけれど、綺麗な道を通った方が安全なんじゃないかな。
間違っていれば、また戻って来ればいい話。
そう思って、ゆっくりと音のする方に足を延ばした。