「皐月さん、私、最初はあんたのこと馬鹿にしてたんだけど……あなたみたいな友達ができてよかったと思う。今日も必死に探してくれたわけだし」

 それは唐突でした。

「わ、私もそう思ってるわ。瑛さんと友達になれてよかった」

 ちょっと照れながらも、やはり内心ではうれしく思いました。
 やっと瑛さんが私を友達だとはっきり断言してくれた。前みたいなその場しのぎの言葉ではなく、面と向かって認めてくれた。
 そのことが妙にうれしく、恥ずかしかったのです。

「よかった。それだけ言いたかったの」

 ん? 首を傾げました。
 それだけ言いたかったって、どういうことでしょう?

 まるで卒業の時の言葉じゃないの。どこか遠くへ旅立つときの言葉じゃないの。

「瑛さん、どこへ行くの――?」

 尋ねたとたん、私の視界は真っ暗になっていました。
 まるで満月が突然姿を消したかのように。
 まるで世界の終わりが背中から襲い掛かってきたかのように。


「あれ、えいさ――」


 記憶があるのは、そこまででした。

 まるで物の怪に呪いでもかけられたかのように、私の頭の中の映像記録は、そこで途切れているのです。




***




 目覚めたときには、瑛さんは、亡くなっていました。








 目を開けたとき、私は自宅の寝室にいました。まず見えたのは見慣れた天井。次に、母と兄のやつれた顔。

 目を開けた私を見たときの家族の喜びようで、悟りました。自分が病気か何かをして、何日も寝込んでいたことを。

 どうやら、私は5日間まるまる眠っていたそうです。医者に診せても何ら異常はなく、ただただ原因不明の眠り病に冒されていたようでした。

 家族のその後の反応は、薄情なことですが、よく覚えていません。
 しばらくしてから兄が告げた言葉の衝撃が強すぎたためです。


――お前が寝ている間に、J大学でものすごい事件が起こったんだ。阿方瑛子って子、お前の学校の生徒だろ?


 兄はただ私が眠っている間に世間で起きた出来事を客観的に伝えるつもりだったのでしょう。
 だから彼は無防備にも新聞記事を私に差し出したのです。


「死亡者」としてタイプされた「阿方瑛子(F女子学院・16)」の冷たい活字。

 間違いなく、瑛さんのことでした。

 死因は圧死でした。

 瑛さんはJ大学で曽根たちのグループが主導した学生運動の大規模なデモに加わり、機動隊との間に挟まれて圧死したのだと、その記事は告げていました。

 あまりにも淡々とし茫漠とした記事のように思いました。
 まるで詳細が分からない、ほとんど神話みたいな記事でした。
 そこで瑛さんが何を感じ、どう苦しみ、どう亡くなったのか、なんてことは一切わかりません。
 そんなことを新聞は伝える気がないのです。
 瑛さんはただの反逆者です。反逆者の肩を持つ必要など新聞社にはないのです。

 しかし私からすれば瑛さんは被害者です。

 まだ自分は夢の中にいるのではないかと思いました。だって、彼女はもう曽根と関わらないと宣言したではありませんか。

 こんなの嘘よ、信じられないわ、と叫びたかった。泣きわめきたかった。新聞をビリビリに引き裂きたかった。

 でもただ事実を飲み込めず、呆然とするしかなかったのです。