もうここしかない、と思って境内に踏み入れたものの、あまりの静けさに私は落胆しました。学生団体が集まっている様子も、瑛さんや曽根がいる様子も一切ありません。
 そりゃそうです。もう暗くなりつつある時分に、誰が神社に来るでしょう?

 一体どこへ行けば瑛さんに会えるのだろう。

 町を走り回った私はもう歩き回る気力もなく、ぐったりとベンチに腰を下ろしました。
 不思議と夜も近い境内の不気味さみたいなものは感じられませんでした。
 私の胸を占めているのは、ただ不安だけでした。

ーー瑛さんを失いたくない。

 いつのまにか私はずっとそう思い続けているのです。
 瑛さんを曽根のものにしたくないのです。
 ずっと私のそばで平和な学校生活を送り続けてほしいのです。

 彼らに関わり続けていればいずれ公安に捕まるからでしょうか?
 いえ、それだけではありませんでした。

 私は、曽根に嫉妬しているのです。

 瑛さんのことが好きで好きで、片時も離れたくないのです。
 いつも私の隣にーー正確に言えば、私の前の席ですがーーいてほしい。


 これが「恋」なのでしょうか?

 女子が女子を強く思い、恋い焦がれている。
 父や母が聞けば卒倒するでしょう。お前は頭がおかしいと、教師はなじるかもしれません。

 だけど、この思いは止まりそうにもないのです。
 瑛さんのことを考えると、心臓がドキドキしてほかのことを考えられなくなってしまうのですから。

ーー早く瑛さんを探さねば。

 ふと空を見上げるとずいぶん満月の光は明るくなってきていました。
 もうすでに夜です。
 ぐっと夜の寒さがそこではじめて身にしみてきました。
 ぶるぶるっと体を震わせ、鞄の中から手袋を取り出しはめました。

「次は大学のキャンパスに潜り込もうかしら」

 独り言をこぼし、立ち上がったそのときでした。背後から、聞きたいと願っていた声がしたのです。

「こんな寒いところで何ぼーっとしてるのよ。早く帰ってブルジョワのパパとママに迎え入れられたら?」

「え、瑛さん!」

 素早く振り返るとそこにいたのは、暗くてはっきり顔は見えないけれど、確かに瑛さんのシルエットです。ちょっと着崩した制服の影がそれを証拠づけていました。私の立っている位置から10メートルほど先にその影はありました。

 思いがけない再会に、ドキリとしました。
 会いたいと強く願ってはいたものの、あまりにも唐突すぎるのと、ついさっきまで瑛さんへの恋心について考えていたせいです。
 はじめは感じた気まずさも、次第に安堵に取って代わられました。

「よかった、学校にいないから心配したじゃない!」

 恥ずかしさから、距離を保ったまま、私はもじもじしていました。

「ちょっと体調が悪かっただけよ。心配しないで」

 そう言われてみると、瑛さんは妙でした。
 声にいつもの尖った調子があまりないのです。
 顔色は大丈夫なのでしょうか?

「曽根たちのグループとまた関わりだしたのかと、心配だったのよ」

「そんなことありえないわ。もう彼らとは何も関係ないもの」

 はっきりとした断言。
 疑いを挟む余地もないように思われました。

 私はその言葉を、言葉通り信じました。