話を聞き終えた瑛さんは何やら深く考え込んでいるのか、しばし沈黙していました。メモを取っていたのかもしれないという考えはその時の私の頭には浮かびませんでした。

「ねえ、どう思う?」

 興奮気味に私は問いかけましたが、

「さあ……男達の考えることね」

あまりにも淡泊な答えに、肩を落としました。確か、そうよね、なんて愛想笑いして、また雑談を二言三言交わし、電話を切ったように記憶しています。

 これが私と”実際の”瑛さんが最後に交わした会話となるなんて、思いもせずに――。



 自宅謹慎が解けて登校した私は、同級生からの冷ややかな眼差しで迎え入れられました。

 そこに、瑛さんはいませんでした。

 なぜいないのでしょう?
 学級日誌によると、あの電話の日以来瑛さんは学校に来ていないようです。

 嫌な予感がしました。

 瑛さんは、再び曽根のグループに関わりだしたんだ!
 私がメモの話をしたせいで!
 だって、あのメモに書かれていた日まであと2日しかないのだから。

 そう確信し、放課となるやいなや私は喫茶店へと一目散に駆け出しました。
 嫌よ、あの人に関わるなんて!
 胡散臭い、口先だけの革命家たち。
 人を見下し、嘲る人間に、世の中を良く変えることなんてできないはず。
 そんな思いで、喫茶店のドアを勢いよく開けました。

「いらっしゃいませ」
 残念ながらそこにいたのは澄まし顔のマスターだけで、学生は一人もいませんでした。
 煙草の臭いだけが残された気配のように漂っていました。
 人影はまさに煙のように消えています。

 何かがおかしいです。
 いつもは溜まり場になっているはずなのに。

 すぐ引き返し、大学周辺をうろうろと周り――。

 探しているうち、私の目には涙が溜まり始めました。

 瑛さんを、失ってしまった。

 そんな暗い気持ちが私の胸の内を侵し始めていたからです。
 どうしてだろう、瑛さんが、決定的に失われてしまったような、そんな不穏な気分だったのです。

――そうだ、あの稲荷神社へ行ってみよう。

 何かに導かれるようにして、最後のわらにすがるような思いで、足の向きを変えました。

 はじめて瑛さんと腰を据えて話し合った思い出の場所。

 そして、曽根と偶然出くわしたあの場所。

 きっと曽根は普段からあの場所を通りかかる習慣があるに違いありません。農耕の神様とどうつながるのか、よく分かりはしませんが、曽根にそのような習慣があるのだと仮定すれば、神社へ行く意味はきっとある。


 日はほとんど暮れていました。
 空には赤みを帯びた満月が浮かんでいるのが見えました。
 何となくその満月は私のことだけを見下ろしてくれているような気がしました。
 満月が地球を見下ろしているのだとしたら、瑛さんの居場所を教えてほしい――そんな風に願いながら、薄暗い境内へと足を踏み入れました。