一限目の終わりを告げるチャイムが鳴るやいなや、私はずいっと身を前の席にのめりだし、阿方瑛子に中庭に来るよう耳打ちしました。中庭にはめったに人が来ないから、秘密の話をするには最適だったのです。
「どうして急に学校に?」
 唐突に阿方瑛子が学校に来るようになったのがなぜだか、知りたくてなりませんでした。
 相変わらず制服のボウタイを緩めて結ぶ癖のある子だな、と気づいたのもその時です。
「あら、あなたは昨日、学校に来ることを催促したわよね? 学校に来ることっていけないの?」
「いえ……」
 揚げ足取りだわ、と一瞬むっとしましたが、ふと気がついてしまいました。
「じゃあ、私のお願いを聞いてくれたってことね?」
 思わず、私は顔をほころばせました。なんだか嬉しかったのです。クールに見える阿方瑛子が、案外素直に私のことばに耳を傾けてくれたことが。
「……ま、そういうことになるかもね」
 ふん、とそっぽを向いて彼女はぼそぼそとつぶやきました。
「ねえ、ずっとあのスミオさんとかいう人の家に住み続けるの?」
「悪い?」
「ご自宅に帰ってご両親と話し合った方がいいと思うわ。きっと心配されてる」
「あんたにそんなことわからないわ」
「じゃあせめて、私の家に住んでくれない?」
「はあっ?」
 阿方瑛子はレディには似つかわしくないほど、眉間に皺をぐわっと寄せました。鼻の頭にまで皺が寄っちゃっています。
「冗談もほどほどにしてよね。あんたの家みたいな窮屈な家に住むくらいなら、実家に戻るわよ」
 やったわ、と私は心の中で小躍りしました。作戦は大成功です。
 なんだか、私は阿方瑛子の取り扱いマスターになりつつあるようです。
「だいたいね、あんたなんかには分からないとは思うけれど、今から忙しい身分なのよ、我々革命家達は」
「どういうことなの?」
「それは言えないわ」
「ずるいわ、人の関心を煽っておいて」
「こっちだって、井嶋皐月の取り扱いマスターになりつつあるのよ」
 阿方瑛子は舌を思いっきり突き出して、教室に戻ってしまいました。
 ううむ、一本やられました。