自問自答すると、ますます彼女に返す言葉がないのでした。
彼女のことばには芯がありました。嘘がありません。彼女自身の魂から出ている印象がありました。
何も言えない私に、阿方瑛子はほらね、と行った感じの涼しい顔で首を傾げて見せました。
阿方瑛子は女性らしくない? いえ、そうではありません。男性らしいかといえばそうでもないのです。男か女か、その単純な二元論では捉えようのない同級生だなとそのとき感じたのを覚えています。
私が黙ってしまっていると、背後で砂利を踏みならす音がしました。煙草の臭いを伴って。
「瑛子、探したよ」
「スミオ」
阿方瑛子はちょっと戸惑ったように名前を呼びました。
かすれた声のスミオと呼ばれた人物を振り返り見ると、明らかに私たちより年上でした。さっきの喫茶店にいた大学生と雰囲気がよく似ているので、この近辺の大学生だろうとあたりをつけました。警戒心が生じたのは事実です。
「その子は、ご学友か?」
無精ひげを片手で触りながら、ちらっとこちらに目をやって、すぐに阿方瑛子に尋ねる、その態度に眉をひそめてしまいます。いくら私が高校生だからって、なんて礼儀知らずなのでしょう。
「ま、そんなところ」
意外な返答でした。思わず阿方瑛子の後頭部をじっと見つめてしまいます。
スミオの言葉に阿方瑛子ならばすぐさま、「いいえ、ただの同級生よ」と説明するのではないかと思ったからです。
「初めまして。井嶋皐月と言います」
一応、立ち上がって名乗ると、
「お嬢ちゃんって感じ」
ぶすっと印象を述べました。これでは私に対する挨拶ではなく、ただの独り言ではありませんか。明らかに私を馬鹿にしています。
むっときていると、スミオはやっと気づいたのか、けだるそうな口調で、
「僕はそこのO大学農学部の学生。曽根純夫。瑛子の面倒を見ている」
「面倒?」
「一緒に暮らしてるってこと」
心底かったるそうに説明してくれました。
「え! 一緒に住んでいる!?」
思いがけず大声が出てしまいます。赤の他人の大学生と女子高校生が一緒に住むなんてことが、許されるでしょうか。
当時は現代のように、結婚前のカップルが生活を共にすることなど倫理的道義的に許されるような時代風潮ではありませんでした。現代でさえ後ろ指をさす人がいるくらいですから、私の学生時代などまず同棲など考えられないことでした。
恐る恐る、私は二人の関係性を確かめようとしました。
「許婚か、恋人なんですか!? それとも、親戚!?」
「「まさか」」
二人の笑い声が重なり合いました。
「ただの同志よ」
「手をつないだことさえないさ」
「血のつながりもないわよ」
ますますわけがわかりません。結婚の予定もない赤の他人の男女が共に暮らしている?
「は、はあ……どう、し?」
「僕たちは同じ思想の絆で結ばれている。恋人だの夫婦だのと一緒にしてほしくないね」
「私たちは自由なのよ。互いを縛り合ったりしないし、いっときの恋愛感情で繋がっているわけでもないの」
そんな風に互いの関係性を示されても、私にはやっぱりよく分からず、ただただ「はあ……」と頷くばかり。阿方瑛子が自分とは全く異なる世界の人間なんだと身に染みるばかりでした。
彼女のことばには芯がありました。嘘がありません。彼女自身の魂から出ている印象がありました。
何も言えない私に、阿方瑛子はほらね、と行った感じの涼しい顔で首を傾げて見せました。
阿方瑛子は女性らしくない? いえ、そうではありません。男性らしいかといえばそうでもないのです。男か女か、その単純な二元論では捉えようのない同級生だなとそのとき感じたのを覚えています。
私が黙ってしまっていると、背後で砂利を踏みならす音がしました。煙草の臭いを伴って。
「瑛子、探したよ」
「スミオ」
阿方瑛子はちょっと戸惑ったように名前を呼びました。
かすれた声のスミオと呼ばれた人物を振り返り見ると、明らかに私たちより年上でした。さっきの喫茶店にいた大学生と雰囲気がよく似ているので、この近辺の大学生だろうとあたりをつけました。警戒心が生じたのは事実です。
「その子は、ご学友か?」
無精ひげを片手で触りながら、ちらっとこちらに目をやって、すぐに阿方瑛子に尋ねる、その態度に眉をひそめてしまいます。いくら私が高校生だからって、なんて礼儀知らずなのでしょう。
「ま、そんなところ」
意外な返答でした。思わず阿方瑛子の後頭部をじっと見つめてしまいます。
スミオの言葉に阿方瑛子ならばすぐさま、「いいえ、ただの同級生よ」と説明するのではないかと思ったからです。
「初めまして。井嶋皐月と言います」
一応、立ち上がって名乗ると、
「お嬢ちゃんって感じ」
ぶすっと印象を述べました。これでは私に対する挨拶ではなく、ただの独り言ではありませんか。明らかに私を馬鹿にしています。
むっときていると、スミオはやっと気づいたのか、けだるそうな口調で、
「僕はそこのO大学農学部の学生。曽根純夫。瑛子の面倒を見ている」
「面倒?」
「一緒に暮らしてるってこと」
心底かったるそうに説明してくれました。
「え! 一緒に住んでいる!?」
思いがけず大声が出てしまいます。赤の他人の大学生と女子高校生が一緒に住むなんてことが、許されるでしょうか。
当時は現代のように、結婚前のカップルが生活を共にすることなど倫理的道義的に許されるような時代風潮ではありませんでした。現代でさえ後ろ指をさす人がいるくらいですから、私の学生時代などまず同棲など考えられないことでした。
恐る恐る、私は二人の関係性を確かめようとしました。
「許婚か、恋人なんですか!? それとも、親戚!?」
「「まさか」」
二人の笑い声が重なり合いました。
「ただの同志よ」
「手をつないだことさえないさ」
「血のつながりもないわよ」
ますますわけがわかりません。結婚の予定もない赤の他人の男女が共に暮らしている?
「は、はあ……どう、し?」
「僕たちは同じ思想の絆で結ばれている。恋人だの夫婦だのと一緒にしてほしくないね」
「私たちは自由なのよ。互いを縛り合ったりしないし、いっときの恋愛感情で繋がっているわけでもないの」
そんな風に互いの関係性を示されても、私にはやっぱりよく分からず、ただただ「はあ……」と頷くばかり。阿方瑛子が自分とは全く異なる世界の人間なんだと身に染みるばかりでした。