拍手の花道の中を、深川先輩がこちらへ戻って来る。
「無事に終わったわ」と、安堵の声の深川先輩。感想を伝えると「マスターが引っ張ってくれたから」と言って、先ほどまで自身が立っていた簡易ステージを振り返る。今はマスターが一人、マイクに向かっていた。
「あ、いよいよ次だわ」
なんと、マスターが「木洩れ日」の曲を歌う、という。
「マスターにおねだりしたのよ」
紗枝さんにフルート参加を頼まれた時、そのことを条件に了承したらしい。紗枝さんの有無を言わせぬ「OK、決まりね」の言葉に、マスターは頷くしかなかった、という経緯であった。
マスターが歌ったのは、思いもかけず、僕が新入生自己紹会で歌った――深川先輩との関係のきっかけになった、あの歌だった。オリジナルのあの歌が、真似とかではない自分の音色で、完全に「マスターの歌」というか、マスターそのものになっていた。ギターのアレンジは僕なんかと比べ物にならない完成度である。
「素敵だわ!」と、隣で聴いている深川先輩がつぶやいた。
ああ、この世界の中にずっと居られたらと思う。同時に、それを生み出しているマスター、僕もそちらの側のステージに行けたなら、と強く願ったのである。
ライブは大盛況のまま、アンコール二曲で「持ちネタ切れ」のため終了した。知り合い、と思われる集団が紗枝さんに声をかけて、帰って行く。僕はテーブルとイスの配置を直して、深川先輩は、カウンターの中でマスターを手伝っていた。
「ありがとう。どうだった?」と、紗枝さんが、声をかけてきた。
「感動ものですよ。また聴きたいです」
「私じゃなくて、マスターの歌よ」
それは――理想だった。弾き語りをやろうと思って、ずっとこんな風に歌いたいとイメージしていた、その形の理想形だった。マスターって、いったい何者なんだろう?
「それで、何かつかめたかな?」
自分の声は、自分がイメージする声と、あまりにもかけ離れすぎている。この現実からは逃れられない、どうやって折り合いをつければいいのか。自分で発した声なのに、自分自身に届いていない。それならそれは自分の声じゃない。今の僕は本当の僕の声を使っていない、ということなのか。偽りのない自分の音色。僕にはそれが見つからずに迷い込んでいる。そもそも無いものねだりなのだろうか?
「無事に終わったわ」と、安堵の声の深川先輩。感想を伝えると「マスターが引っ張ってくれたから」と言って、先ほどまで自身が立っていた簡易ステージを振り返る。今はマスターが一人、マイクに向かっていた。
「あ、いよいよ次だわ」
なんと、マスターが「木洩れ日」の曲を歌う、という。
「マスターにおねだりしたのよ」
紗枝さんにフルート参加を頼まれた時、そのことを条件に了承したらしい。紗枝さんの有無を言わせぬ「OK、決まりね」の言葉に、マスターは頷くしかなかった、という経緯であった。
マスターが歌ったのは、思いもかけず、僕が新入生自己紹会で歌った――深川先輩との関係のきっかけになった、あの歌だった。オリジナルのあの歌が、真似とかではない自分の音色で、完全に「マスターの歌」というか、マスターそのものになっていた。ギターのアレンジは僕なんかと比べ物にならない完成度である。
「素敵だわ!」と、隣で聴いている深川先輩がつぶやいた。
ああ、この世界の中にずっと居られたらと思う。同時に、それを生み出しているマスター、僕もそちらの側のステージに行けたなら、と強く願ったのである。
ライブは大盛況のまま、アンコール二曲で「持ちネタ切れ」のため終了した。知り合い、と思われる集団が紗枝さんに声をかけて、帰って行く。僕はテーブルとイスの配置を直して、深川先輩は、カウンターの中でマスターを手伝っていた。
「ありがとう。どうだった?」と、紗枝さんが、声をかけてきた。
「感動ものですよ。また聴きたいです」
「私じゃなくて、マスターの歌よ」
それは――理想だった。弾き語りをやろうと思って、ずっとこんな風に歌いたいとイメージしていた、その形の理想形だった。マスターって、いったい何者なんだろう?
「それで、何かつかめたかな?」
自分の声は、自分がイメージする声と、あまりにもかけ離れすぎている。この現実からは逃れられない、どうやって折り合いをつければいいのか。自分で発した声なのに、自分自身に届いていない。それならそれは自分の声じゃない。今の僕は本当の僕の声を使っていない、ということなのか。偽りのない自分の音色。僕にはそれが見つからずに迷い込んでいる。そもそも無いものねだりなのだろうか?