「さて、今のは故障の例だけど、故障してなくても、音が出なくなる場合もあるわよね?」
「と、言いますと?」
「例えば、ボディをこうやって、押さえたら、響きは減る」
 ジャラーン、とマスターが弾いたギターのボディを、紗枝さんがすかさず両手で押さえつけた。あからさまに響きは減退した。
「それは、そうですね」
「今のを歌に当てはめると、響きがない原因は、まず体が固まっていること。力が入っていると、うまく響きは出ないわ」
 紗枝さんは声を発して、実際の違いを表現してくれた。わかりやすい。
「そして、弾き手の問題がある。マスター、ちょっと貸して!」そう言って、紗枝さんはマスターからギターを奪い取った。ピックを持って、紗枝さんが鳴らす。
「弾けるんですか?」「ほとんど、初心者」
 じゃらっ、と撫でるような音だ。
「あー、やっぱり違う、マスターみたいな音は出ないわ――。ね、初心者は弦をうまくはじけない。マスターのように振動させられない」と、うなだれる。
「歌に置き換えると、声帯の場合、閉じる、という行為と、音程を作るのに伸ばすという行為。あと、これも特にノド周りの筋肉が固まって力が入っている場合とかは、共鳴を阻害するだけじゃなく、声帯を操る際にも邪魔をするし、うまく振動させられない。これは意識して訓練が要るところなのよ」
 確かに。声帯の開閉の基礎練習は、習ったけれど、まだ上手くは出来ない。
「あと、この穴をふさいだり、中に布とかをいっぱい入れたりしても、響かなくなるし」
 おしぼりを、本当にサウンドホールに入れようとしたのを、マスターがあわてて制する。
「これが人間の場合だとどう? ギターとは違って、人の体は形を変えられるから。共鳴する空間の広さ、形、固さ、出口の形とかをね、響くようにも響かないようにもできる。だからその人のベストな響きを出せるか出せないかは、その人次第」
 立ち上がって、紗枝さんが発声する。固い、のっぺりとした歌い方。いともあっさりと声色が変わる。
「今のは、いくつかの体の操作で、意図的に、響きを変えたの。力の入れ方、息の吐き方、空間の形、口とかノドとか、ね。私は響かせるやり方も、逆に響かせないやり方も知ってるの」
 すごいなあ。一人で多人数の物まねみたいである。
「だから、私はあなたの歌声の特徴をある程度真似できるけど、あなたは私の真似は出来ないでしょう? 響かせる使い方を身に着けていないから」
 確かに、その通りである。