奈緒さんは「禁帯出」と書かれた、古いノートの束を僕に差し出した。
 見たい、というのを「持ち出したことを西川代表に見つかると、何を言われるかわからないから――」と、当初は渋っていたのだった。
「その資料が実在することが確認できたら、今までの話は信頼するし、依頼は受ける」という僕の申し出に、しばらく考えて、やっと承諾したのであった。
「わかりました。それくらいの行動で示さないと、ですね」
 その「絶対部外秘」の資料が、これだというのである。本当だったのか――
「遅くなってすみません。ちょっと手こずりました」と奈緒さんが舌を出して言う。いったい、どこの金庫室を破ってきたんだ? という感じである。
 今まで無笑会という組織そのものが、多分に半信半疑であったのだが、これで一応は信じざるを得まい。ある意味驚きである。ただそうだったとしても、無笑会についてはまだ色々と腑に落ちないことがある。仮にその資料が存在するなら、それを解決するヒントなり答えなりが書かれているかもしれない。そんな思惑もあっての依頼だったのであるが。
「明日の朝、取りにきますから――」と奈緒さんは、そう言い残して立ち去った。
 相当に管理が厳重だ、ということなのである。

 夜間の清掃バイトは、拘束時間の割りに仕事そのものの量は少なく、仮眠の時間も確保されているので、その時間を使って読むことはできる。
 休憩時間に、パラパラとめくって読んでみた。学術資料のクオリティは高い。ちゃんとした論文として、やや理屈っぽくはあるが、まとまっている。というか、几帳面過ぎる。それに比べて、あの日の集会のレベルは、まるで小学生の自由研究(それは小学生に失礼かも)である。
 あれが、シャーロック・ホームズシリーズの「赤毛連盟」みたいに、僕が騙されていて、実は会の存在も集会も全部嘘でしたと言われた方がまだすっきりする。いや、むしろそれならその方が面白い。つい先ほどまでは、どちらかというとそちらを期待していたのだが。
 いや、もとい――
 現実的に、ちょっとやっかいな問題に巻き込まれているのだ。目を逸らせてはいけない。確かに、止められるのは僕だけかもしれなかった。それはカジ谷君を犯罪者にせずに、という意味においてである。最終手段として公的権力に訴える、という事態は避けるべきで、それは失敗を意味するからだ。
 事前に止めるには、相応の理由を持って説得にあたる必要がある。だが、説得しようにも、僕は事情を知らな過ぎた。今の状態のままでは説得のしようもないのだった。