実はついさっきまで、また、あの夜のことをぼんやり考えていた。どうも、今一つ現実感が乏しい。カジ谷君の変態騒ぎも、あの夜の集会も、あれは夢だったんだよと言われればその方が素直に信じられる。いや、夢だとしても、僕の想像力の範疇を逸脱しているのだが。
 そもそも本当にお笑い研なのか。僕が居た一時間くらいの間、一度も笑いが起きなかった。僕としては、笑うタイミングは何度かあったのだが、場の空気がそれを許さないというか、とてもお堅い講習会か何かのような感じであった。
 そして、そこで何かつかめたのか。笑いが起きないお笑い研の集会で。でも、キーワードの鏡はたしかにあった――と思う。
 紗枝さんのキーワードは、一般的な占いの、どのようにでも解釈できそうな汎用的な事例がちりばめられた結果から自らに当てはまることを勝手に選択して、当たったような気になっている、というパターンとは明らかに違っている。暗示が、謎の割りにはピンポイントすぎるし、一応的中はしている。
 ただ、紗枝さんの占いが当たっているとして、あの出来事が僕自身とどう関わっているのか、その判断がつかなかった。でも、考えてみると確かに、あの場では僕の発言の声がちゃんと「通って」いたのである。例のハイトーンの声が何度か、意図せず出ていたような気がする。普段はサークルのミーティングの場でも、要請がない限りは黙っているのが常なのである。とにかく大人数の中での発言が苦手な僕としては、発言すること自体も珍しいのであった。空いている学食でもこんな隅っこにの席に居るのは無意識の習慣というか。それが、少しは改善されて来つつあるのだろうか。
 かと言って、無笑会に入って修行せよ、というのも違う。僕だって一般的には面白い方ではなく、どちらかというと無笑会寄りの残念な方だが、それがあの夜は、あの中で頭一つ抜けていた。ある意味、驚異的にお笑いの偏差値が低い集団だった。僕レベルでも会員の資格審査で落とされるのだろう。その証拠に西川代表からも誘われなかった。僕はあくまで客人(ゲスト)の立場だったのである。
 これ以上積極的に関わる気はないし、たぶんもう行かないし。じゃあ、次はどうするのか。それとも、まだ物語は途中で、次の展開があるのだろうか。
 そういえば、あんな話し方をする先生がいたっけ――西川代表のことである。何を話しても固い一本調子で、無理に抑揚をつけると割れ気味になる声――表情に乏しく、気だるい午後の授業だと眠りに落とされるような。深川先輩は教育学部だから将来は先生なのかな、あの人が先生ならもっと百倍くらい勉強もやる気になっていたのに――
 そんなふうに、出口の見つからない考えが頭の中を堂々巡りし、あげくに深川先輩の妄想で顔が緩んでいた時、唐突に目の前に奈緒さんの姿があったのだ。