やっぱり来るんじゃなかったかな――
ライブの日から三日後の夜。目的地を探しながら、もうなんだか後悔している。カジ谷君絡みだとどうも、こう、足取りが重くなりがちな気分になる。これで何か起きたら桑原を恨もう、などとブツブツつぶやきながら歩いていた。
カジ谷君の渡してくれた住所と手書きの地図によると、もうこの辺りのはずである。黒く塗りつぶされた四角形が目的の建物らしいのだが、そこを指して「廃屋」の文字が書かれているのが少々気になるところではあった。
程なくして、その住所に着いた。大学の近くの古い住宅街の一角、周囲より目立って暗いその場所には、古い一軒家が確かにあった。だが、MoonBeamsのお洒落さとは全く違って、こちらは文字通り、本当に廃屋だった。板張りの外塀は所々板が無く、中から雑草が顔を出している。そもそも暗くてよくわからないこともあるが、妖怪が住んでいる、と紗枝さんに言われたら、僕は信じてしまいそうである。本当にここなのか。二階の窓には明かりが見えるけれど。
玄関は暗く、見た感じでは誰も居なさそうである。うん。一応、ここまでは来た。その上で「誰もいなかった」で、このまま帰るのが最良のシナリオである。ちゃんと選択し、行動し、その上で、何も起こらなかった。それでいいではないか。
願いつつ、手探りで呼び鈴らしきボタンを押すと、奥の方から「ジーッ」というこもったブザー音が聞こえた。しばらくして、戸の開閉、ドタドタ、ギシギシバタバタと階段を下りる足音が近付いて来る。そして、ガタタと戸が開いて、顔を出したのはカジ谷君であった。今夜の彼はこの家に住んでいる妖怪天井なめ、という印象がぴったりで違和感はない。さて、ささやかな願いは絶たれたぞ。
そこに、お笑い研究サークルの本部があった。廃屋自体は「魔境探検部」が倉庫や秘密特訓に使っているものだそうで、二階の一部屋のみを間借りしているらしい。その魔境探検部は、昨年、先代が文字通り人外魔境の探検に出かけたっきりまだ帰って来ないらしくて(どこへ探検に行った? 無事なのか?)、実質お笑い研究サークルが独占しているとのことである。
「なんか、すごいところだね」
僕の問いには答えず、カジ谷君は黙って僕を招き入れた。玄関を入ってすぐ脇の階段を案内される。狭い。急だ。ギシシ、ギシシ、と鳴る。大丈夫か、この階段。それを上った先は裸電球が妙に明るい狭い廊下になっていて、その突き当りに、いつの物かわからない、しめ縄「笑門」の木札が傾いて掛けられていた。
建付けの悪いドアを押すと、天井の低い、八畳ほどの部屋である。廊下とは対照的に、薄暗い。屋根の傾斜で奥は窓のあたりは天井が低く、それに、なんとなく家自体も傾いているような気がする。致命的に暗い蛍光灯の灯りの下には、大きな長方形の座卓が置かれていて、そこを何人かが囲んで座っていた。座卓の中央にはランプ型の卓上照明が置かれているが、それでも光量は足りていなくて、意図してかどうか、人々の顔を下から照らす怪しい演出のようになっていた。怪談百物語でも始めようか、といった雰囲気である。
ライブの日から三日後の夜。目的地を探しながら、もうなんだか後悔している。カジ谷君絡みだとどうも、こう、足取りが重くなりがちな気分になる。これで何か起きたら桑原を恨もう、などとブツブツつぶやきながら歩いていた。
カジ谷君の渡してくれた住所と手書きの地図によると、もうこの辺りのはずである。黒く塗りつぶされた四角形が目的の建物らしいのだが、そこを指して「廃屋」の文字が書かれているのが少々気になるところではあった。
程なくして、その住所に着いた。大学の近くの古い住宅街の一角、周囲より目立って暗いその場所には、古い一軒家が確かにあった。だが、MoonBeamsのお洒落さとは全く違って、こちらは文字通り、本当に廃屋だった。板張りの外塀は所々板が無く、中から雑草が顔を出している。そもそも暗くてよくわからないこともあるが、妖怪が住んでいる、と紗枝さんに言われたら、僕は信じてしまいそうである。本当にここなのか。二階の窓には明かりが見えるけれど。
玄関は暗く、見た感じでは誰も居なさそうである。うん。一応、ここまでは来た。その上で「誰もいなかった」で、このまま帰るのが最良のシナリオである。ちゃんと選択し、行動し、その上で、何も起こらなかった。それでいいではないか。
願いつつ、手探りで呼び鈴らしきボタンを押すと、奥の方から「ジーッ」というこもったブザー音が聞こえた。しばらくして、戸の開閉、ドタドタ、ギシギシバタバタと階段を下りる足音が近付いて来る。そして、ガタタと戸が開いて、顔を出したのはカジ谷君であった。今夜の彼はこの家に住んでいる妖怪天井なめ、という印象がぴったりで違和感はない。さて、ささやかな願いは絶たれたぞ。
そこに、お笑い研究サークルの本部があった。廃屋自体は「魔境探検部」が倉庫や秘密特訓に使っているものだそうで、二階の一部屋のみを間借りしているらしい。その魔境探検部は、昨年、先代が文字通り人外魔境の探検に出かけたっきりまだ帰って来ないらしくて(どこへ探検に行った? 無事なのか?)、実質お笑い研究サークルが独占しているとのことである。
「なんか、すごいところだね」
僕の問いには答えず、カジ谷君は黙って僕を招き入れた。玄関を入ってすぐ脇の階段を案内される。狭い。急だ。ギシシ、ギシシ、と鳴る。大丈夫か、この階段。それを上った先は裸電球が妙に明るい狭い廊下になっていて、その突き当りに、いつの物かわからない、しめ縄「笑門」の木札が傾いて掛けられていた。
建付けの悪いドアを押すと、天井の低い、八畳ほどの部屋である。廊下とは対照的に、薄暗い。屋根の傾斜で奥は窓のあたりは天井が低く、それに、なんとなく家自体も傾いているような気がする。致命的に暗い蛍光灯の灯りの下には、大きな長方形の座卓が置かれていて、そこを何人かが囲んで座っていた。座卓の中央にはランプ型の卓上照明が置かれているが、それでも光量は足りていなくて、意図してかどうか、人々の顔を下から照らす怪しい演出のようになっていた。怪談百物語でも始めようか、といった雰囲気である。